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一翼のハイマヴィス  作者: かる
はじまり
1/14

入学式

 この世界のどこかに、自分と同じ人がいる。その人がどこにいるのか、生きているのか、死んでしまったのか、これから生まれるのか、それはわからない。それでもいつか出会える。

 なんとなく、そんな気がする。


 うららかな春の日差し。王都を縁取る新緑の木々。その中心部に鳴り響く高らかなファンファーレとともに、王立学園の入学式が行われていた。このメジアスト王国の中でも上位貴族として名を連ねる家門の子息たちがこぞって入学する、王国一の名門校。高い壁に囲まれてどっしりと聳え立つその学園は古くは聖堂としてこの街を見下ろしてきたためか、高圧的で排他的なその風貌の中に孤高の神聖さを潜ませていた。

 学園の中でも最も煌びやかで広い大講義室で厳かに式が執り行われている中、新入生の一人、ヤクは期待に満ちた眼差しで壇上やら天井やらを見回していた。周りの学生と比べてまだあどけない頬を撫でる金髪も大きな翠の瞳も、ステンドグラスから降り注ぐ色彩を映してきらきらと輝いている。

 (今日からここが、僕の新しい世界__)

 言いようもない胸の高鳴りが喉元まで込み上げてきて、ヤクは思わず口元を押さえた。


 突然、ざわり、と周囲の雰囲気が変わった。はっと壇上に目を戻すと、話を終えた学園長が学生たちの方を重々しく見つめている。学生たちもまた中央を見つめているようで、微かなざわめきが人伝いに伝わってくる。必死で背伸びしつつ頭をあちこちへと傾げていると、人と人の間からなんとかその視線の中心を捉えることができた。中央にいたのは長身の少年で、目元までかかる黒髪で顔は見えないが、遠くからでもわかる一種独特な雰囲気を纏っている。一歩一歩踏み出される堂々とした足取りは雑踏を縫ってその靴音が耳まで届く。新入生代表挨拶。何度も読み返した入学式の項目の一つを思い返して、ヤクは合点がいった。どうやら彼がその代表らしい。

「あいつ、学園長の息子らしいぜ」

 隣にいた学生が話しかけてきた。

「学園長の?」

「ああ。一応例年通り入学試験で首席合格したからってことらしいけど、どうも怪しいよな。だってあいつ、じいさんは理事長だぞ」

「へぇ~すごいねぇ」

 学びの場に一族で関わっているとは、なんて聡明な人たちなんだろう。感心しているヤクを見て、学生は驚いたような蔑んだような表情を浮かべた。対立していた家門が近年倒れてからというもの、王宮内の重要人物のほとんどを輩出してきたこの学園を足掛かりに彼らが政界の掌握を目論んでいるのは有名な話だった。

 壇上に上がった少年が学園長の前で立ち止まる。ざわめきが凪いで、沈黙がその場を支配した。

 (ん?)

 何かが視界の端で動いて、ヤクは目線を移動させた。

 (何やってるんだろう、あの人)

 皆が身じろぎもせず壇上を見つめているからこそ、動く影は妙に目についた。あっという間に壇上付近に駆けつけたその人影が年季の入った床の木目とともに陽光の中で浮かび上がる。濃い茶髪を短く刈り上げた屈強な男。粗々しささえ感じるその風貌は成熟していない少年たちの中で明らかに異様な存在感を放っていたが、奇妙なことに誰一人としてその男に目を向けようとはしなかった。

 塵がひらと舞って、花びらのように煌めいた。壇上の少年が口を開く。とその瞬間、男が体を大きくうねらせて壇上に飛び乗った。

「あぶないッ!」

 不意な大声に皆が一斉に振り向く。けれどヤクはそれどころではなかった。高く振り上げられた男の右腕には鉛色のナイフ握られていた。鈍く光る切先は真っ直ぐに少年に向けられている。足が根を張ったように固まって、胸がさあっと冷えた。ヤクの声に振り向いた少年が一瞬遅れて男に気づく。

 (間に合わない__)

 刹那、見開かれた少年の黒い瞳がきらりと瞬いた。

 カッ____と閃光があたりを白く塗りつぶしたかと思うと、耳をつんざくような爆発音が轟いた。

「うわあぁぁっ」

 一拍遅れて悲鳴があがった。恐る恐る瞼を上げる。壇上には__いや、壇があった場所には大きなくぼみができていて、土煙の中に人が立っている。あの少年だった。その足元には例の男が倒れている。ヤクがいまいち状況を呑み込めないでいると、周りの学生たちがざわざわと話しだした。

「なんだ今の……爆発?」

「おい、あの男はなんだ?」

「まさか死んでる?」

「なぁ、また爆発するんじゃ……」

 誰にともなく投げかけられたその呟きを皮切りに、動揺が狂乱となって広がった。

「逃げろ!早く逃げろ!」

「どけよ!」

「いたいっ押さないで!」

 学生たちはパニックに陥っていた。出口へと殺到した者たちが押し合いへし合いを繰り広げ、あちこちで怒号や悲鳴が上がる。人の波が理性を失った獣のようにうねり、ヤクが押し潰されそうになったときだった。

「本日は我々のためにこのような式を執り行っていただき」

 唐突に響いた透き通った声に、あたりはぴしゃりと水を打ったように静まり返った。眼下の喧騒をものともせず、壇上の少年は朗々と挨拶を始めたのだ。

「ま、待ちなさい、いつまた爆発が起こるともわからない中で……」

 近くに控えていた教師らしき人物がそう言って止めたが、少年は平然として言いのけた。

「先ほどの爆発は俺の正当防衛の結果です。ゆえにまたあのような輩が現れない限り、爆発は起こりません」

 群衆は再び騒然となった。

「爆発があいつの起こしたものだって?」

「だがあの男みたいなのがまだ潜んでいるかもしれないぞ。そいつが今俺たちを狙ってきたらどうする」

「僕たちはあいつみたいに身を守る手段なんてないよ」

 ざわめきがさざ波のように広がる。そうだそうだ、と口々に騒ぎ立てながら皆はまた出口へと足を向け始める。直後、ヤクは思わず目を見張った。少年は微かに笑っていた。

「お前たち、何を言ってるんだ?この俺がここにいながらお前たちが狙われるわけないだろ」

 自身を見つめる無数の視線を一瞥して、少年はにやりと笑った。

「お前たちはそれほどの価値のある人間じゃない」

 は……と声にならない音が聴衆から漏れた。呆気にとられた学生たちを気に掛けるそぶりすらなく、少年は学園長に向き直った。

「この学園で、我々は常に自分より上の人間が存在することを学ぶでしょう。今日はそのはじまりとして相応しい日であったといえます」

 そこで一息つくと、少年は足先を揃えて姿勢を正した。

「以上、新入生代表挨拶__シキ・ノイカシニ・ジェージニアント」

 高らかにそう宣言して振り返った少年、シキは、ステンドグラスの割れ目から差し込む昼下がりの光に照らされてひときわ輝いて見えた。ヤクが目を離せないでいると、不意に彼と目が合った。息を呑む。周囲の熱気も話し声も遠のいて、二人はじっと見つめ合った。若葉のにおいをのせた風が吹き込んでその瞳が前髪に覆われるより前に、二人の少年の眼差しは互いの目に強く焼き付けられていた。



◯◯◯



 「散々な入学式だったな」

「てかなんだよあいつ、偉そうに」

 まだ興奮冷めやらぬ学生たちは、入り乱れながら寮へと移動していた。完全寮制のこの学園は貴族向けの学校にしては珍しく二人部屋を用意していた。この風変わりな制度には理由がある。卒業時の席次がそのまま将来の地位へと繋がるこの学園では学生同士の足の引っ張り合いなど日常茶飯事だった。しかしそれは年々苛烈を極め、ついに人身被害が出た時、対策が講じられた。それがこのルームメイト制度である。ルームメイトとなった二人は運命共同体であって、一方が問題を起こしたり成績不振となればもう一方もその責任を負う。このシンプルなルールはそれゆえに、自分のペアが他の学生に危害を加えぬよう見張りつつ、必要に応じてペアを助けるという相互監視と相互協力を可能にしたのである。

 (僕のルームメイトはどんな人だろう。早く仲良くなりたいな)

「部屋番号三一二……ここだ」

 あふれ出る期待で胸が弾けそうだった。深呼吸を一つして、ヤクは勢いよく木製の扉を開けた。

「こんにちは!今日からここで一緒に暮らす、ヤク……って、君は__!」

 部屋の中にいたのは、あの黒髪の少年、シキだった。突然の大声に驚いたのか、シキは固まったままだったが、ヤクは喜びを隠しきれない様子でお構いなしに彼に近づいていった。

「まさか君が……シキくんが僕のルームメイトだったなんて!僕はヤク!これからよろしくね!」

「…………」

「……シキくん?」

 瞬きすらせずこちらを凝視するシキの目を覗き込むようにして声をかけると、ようやく彼は我に返ったようにはっとして目をしばたかせた。

「まさか、お前……」

「え?」

 聞き返す前にころんと何かが足元に転がった。爪二つ分ほどの小さな黒い玉だった。

「?これ落とし……」

「触るな!」

 叫ぶや否やシキは玉を蹴り飛ばした。瞬間、ぱっと光が広がって轟音が壁を揺らす。何が何だかわからぬまま耳を塞いだヤクがしばらくしてそっと目を開けると、木造りの立派な寝台が置かれていた場所にはぽっかりと黒い焦げ穴が残っていた。

「えぇと……これは……」

「……先ほど使ったのと同じ、俺の護身用の小型爆弾だ。落としたりぶつけたりといった衝撃を加えると破裂する」

「なるほど!すごいねぇ!」

「……」

「……」

 ヤクはまだ煙の立ち込める焦げ穴から、シキへと視線を移した。シキはヤクに目をやって、それから焦げ穴を見つめ、またヤクを見た。爆発音を聞きつけた人たちがこちらに向かってくる足音がする。

「……悪い、部屋壊した」

「うん、そうだね」

 とんでもない人とルームメイトになったのかもしれないと、ヤクは思った。

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