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第七章 別れ


白い天井が、

ゆっくりと揺れていた。


どこか、

遠くで声がする。


「……ナタリー」


その名前に、

胸が反応した。


生きている。


そう、

理解する。


ナタリーは、

ゆっくりと目を開けた。


 


ここは、

王都の医療塔だった。


白い布。

清潔な匂い。


グレイアスとは、

まるで別の世界。


「……起きた」


すぐそばで、

誰かが息を呑む。


視線を向けると、

リオがいた。


寝台の脇に立ち、

彼女を見下ろしている。


その顔は、

驚くほど穏やかだった。


「生きて……

 いるんですか」


声が、

小さく震える。


「君が、

 生かした」


リオは、

静かに言った。


「そして、

 君も」


 


体は、

重かった。


まるで、

半分だけ残されたような感覚。


それでも、

痛みはない。


「……失敗、

 でしたか」


ナタリーは、

そう聞いた。


彼は、

首を振る。


「完璧だった」


その言葉に、

胸が少し、

温かくなる。


 


沈黙。


長く、

柔らかい沈黙。


「……でも」


リオが、

低く言う。


「君は、

 もう長くない」


ナタリーは、

驚かなかった。


「そうですか」


それだけ。


「怖く、

 ないのか」


彼女は、

天井を見る。


「……少しだけ」


正直だった。


「でも、

 後悔はありません」


彼を、

見る。


「あなたが、

 生きているから」


その言葉に、

彼の目が潤む。


 


「俺は、

 王になる」


リオは、

そう言った。


「逃げない」


ナタリーは、

微笑む。


「それが、

 いいです」


「……君を、

 迎えに来る」


その言葉は、

祈りだった。


ナタリーは、

首を振る。


「来なくて、

 いい」


「どうして」


「あなたは、

 王です」


「それでも」


「それでも、

 です」


彼女は、

静かに言う。


「私は、

 錬金術士で、

 あなたを救った人」


「それ以上に、

 ならなくていい」


 


彼は、

何も言えなくなる。


拳を、

強く握る。


「……名前を」


リオは、

かすれた声で言う。


「君の名前を、

 王の記録に残す」


ナタリーは、

少し驚き、

それから微笑んだ。


「それは、

 困ります」


「なぜ」


「静かに、

 消えたいので」


 


夜。


ナタリーは、

窓辺に座っていた。


王都の灯りが、

星のように揺れている。


棚の上には、

空になった灰色の薬瓶。


もう、

何も入っていない。


 


リオが、

背後に立つ。


「……行く」


「はい」


短い言葉。


それで、

十分だった。


 


彼は、

最後に彼女を抱きしめる。


強くは、

しない。


壊れないように。


「ありがとう」


それは、

王子としてではなく、

一人の男としての声だった。


 


扉が、

閉まる。


足音が、

遠ざかる。


 


ナタリーは、

一人になる。


静かで、

穏やかな夜。


彼女は、

灰色の薬瓶を手に取る。


軽い。


中身は、

もうない。


それでも、

大切な重さ。


 


「……これで、

 よかった」


誰に聞かせるでもなく、

そう呟く。


 


窓の外で、

夜風が吹く。


王都の鐘が、

静かに鳴った。


それは、

新しい王の始まりを

告げる音だった。


ナタリーは、

その音を聞きながら、

目を閉じる。


 


胸の中に残ったのは、

後悔ではなく、

確かな温もりだった。


 


――灰色の薬瓶は、

確かに、

誰かの命を救った。


そして、

一人の少女の恋も。


―完―


 

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