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第三章 禁忌の錬金


雨が降っていた。


灰色の街に、

さらに灰色を重ねるような雨だった。


工房の屋根を叩く音が、

一定のリズムを刻む。


ナタリーは、

一人で炉の前に立っていた。


火は弱く、

しかし確かに燃えている。


彼女の視線は、

開かれた錬金書に注がれていた。


禁忌。


そう赤く書かれた文字。


寿命を代価に、

他者の命を延ばす術。


「……簡単すぎる」


呟いた声は、

雨音に溶けた。


配合は複雑ではない。

術式も、理解できる。


問題は、

代価だけだ。


 


寝台のほうから、

微かな咳が聞こえる。


ナタリーは、

顔を上げた。


リオは眠っている。

それでも、

体は苦しそうだった。


胸が、

上下に大きく動く。


――このままでは、

 長くない。


事実が、

静かに突き刺さる。


彼女は、

何人もの人間を見送ってきた。


薬が効かず、

手の施しようがなく、

ただ時間が奪っていく命。


慣れている。


慣れているはずだった。


「……なのに」


ナタリーは、

自分の胸に手を当てる。


鼓動が、

早い。


いつもより、

ずっと。


 


錬金書を閉じ、

棚へ向かう。


奥に置かれた、

灰色の薬瓶。


まだ、

空だ。


ガラスは曇り、

中を映さない。


まるで、

未来そのもののようだった。


「私が、

 作るんだ」


誰に言うでもなく、

そう決める。


怖くは、

なかった。


自分がどうなるかなど、

考える必要はない。


――ただ、

 この人を生かす。


それだけで、

十分だ。


 


夜が更ける。


雨は、

止まない。


ナタリーは、

材料を揃え始める。


生命草。

血晶石。

魂媒の粉末。


どれも、

安価ではない。


けれど彼女は、

躊躇しない。


一つ一つ、

丁寧に炉へ入れていく。


火の色が、

わずかに変わる。


淡い、

灰色。


 


背後で、

床が鳴った。


「……起きてたのか」


リオの声だった。


ナタリーは、

振り向かない。


「眠ってください」


「無理だよ」


彼は、

壁にもたれて立っていた。


顔色は悪い。

それでも、

目は彼女を見ている。


「何を、

 作ってる」


ナタリーは、

一瞬だけ迷う。


そして、

答えた。


「あなたの薬です」


「……前のとは、

 違う?」


「はい」


短く、

それだけ。


リオは、

近づいてくる。


「代価は?」


ナタリーの手が、

止まる。


彼は、

気づいている。


「……命に関わる錬金だろ」


沈黙。


雨音だけが、

二人の間を満たす。


ナタリーは、

ようやく彼を見る。


「関係ありません」


「俺には、

 ある」


彼の声は、

低く震えていた。


「君が、

 壊れるなら」


ナタリーは、

静かに首を振る。


「私は、

 もともと壊れています」


そう言った瞬間、

胸が痛んだ。


初めて、

言葉にしてしまった。


 


リオは、

何も言えなかった。


ただ、

彼女を見る。


その視線が、

熱い。


ナタリーは、

目を逸らす。


見られてしまうと、

揺らいでしまう。


「戻って、

 休んでください」


「……君は?」


「作業が、

 終わるまで」


「一人で?」


「はい」


彼は、

何か言いかけて、

やめた。


そして、

ゆっくり寝台へ戻る。


 


一人になる。


ナタリーは、

再び炉に向き直る。


手順を、

一つも間違えない。


失敗は、

許されない。


――成功すれば、

 彼は生きる。


それでいい。


自分の未来など、

初めから、

どこにもなかった。


薬液が、

完成に近づく。


灰色が、

より濃くなる。


その色を見つめながら、

ナタリーは思う。


――これが、

 恋なのだろうか。


もしそうなら、

あまりにも、

静かで、

残酷だ。


それでも、

彼女は微笑んだ。


灰色の薬瓶に、

薬を注ぎながら。


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