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第二章 治せない病


朝の光が、

工房の窓から差し込んでいた。


灰色の街にしては、

珍しく柔らかい光だった。


ナタリーは、

薬草を刻む手を止め、

寝台のほうを見る。


少年――リオは、

まだ眠っている。


呼吸は、

昨夜より少しだけ安定していた。


「……でも、足りない」


ナタリーは呟く。


彼女の薬は、

一時的に症状を抑えるだけだ。


根本は、

何も変わらない。


 


昼近く、

リオは目を覚ました。


「……朝?」


「もう昼です」


ナタリーは、

淡々と告げる。


「よく、眠れましたか」


「ああ……久しぶりに」


その声は、

少し明るかった。


彼は上体を起こそうとして、

咳き込む。


赤いものが、

布に滲んだ。


ナタリーの胸が、

きゅっと縮む。


それでも表情は、

変えない。


「無理をしないでください」


「……ごめん」


謝る必要なんて、

ないのに。


ナタリーは、

そう思う。


 


「君は……」


リオが、

遠慮がちに言う。


「どうして、

 そんなに落ち着いていられるんだ」


ナタリーは、

少し考えてから答えた。


「慣れているからです」


「慣れ?」


「人が、

 壊れていくのに」


リオは、

言葉を失った。


ナタリーは続ける。


「この街では、

 珍しいことではありません」


「……それでも」


彼は、

彼女をまっすぐ見た。


「君は、

 まだ子どもじゃないか」


その言葉に、

ナタリーの手が止まる。


子ども。


久しぶりに、

向けられた言葉だった。


「十四歳です」


「やっぱり……」


リオは、

苦しそうに笑った。


「俺より、

 ずっと小さい」


「でも、

 あなたよりは長く生きています」


そう言うと、

リオは目を瞬いた。


「……どういう意味?」


ナタリーは、

答えない。


答えられなかった。


 


夜。


工房には、

静かな音だけが流れている。


薬草を煮る音。

火の、

小さな爆ぜる音。


ナタリーは、

古い錬金書を開いていた。


禁忌と書かれた頁。


触れてはいけない、

そう記されている術式。


寿命を、

他者へ渡す錬金。


彼女の指が、

文字をなぞる。


――使える。


そう、

理解してしまった。


その瞬間、

胸の奥が冷える。


「……いい」


ナタリーは、

小さく呟く。


「私は、

 もう十分です」


それは、

嘘ではなかった。


未来に、

何かを期待したことなど、

一度もない。


 


ふと、

視線を上げる。


寝台の上で、

リオが彼女を見ていた。


起きていたらしい。


「……何を、

 そんな顔で見てるの」


「いや」


彼は、

首を振る。


「君が、

 ひどく遠くにいる気がして」


ナタリーの胸が、

また、きゅっと鳴る。


「近くにいます」


「そうじゃない」


リオは、

ゆっくり言った。


「俺は、

 君のことを何も知らない」


ナタリーは、

一瞬だけ目を伏せる。


知らなくていい。


知らないほうが、

楽だから。


「知る必要は、

 ありません」


「……それでも」


彼は、

小さく笑う。


「知りたいと、

 思ってしまった」


その言葉が、

胸に刺さる。


ナタリーは、

初めて気づく。


――これは、

 まずい。


この感情は、

薬では抑えられない。


錬金術では、

どうにもならない。


それでも、

彼女は言った。


「眠ってください」


声が、

少しだけ震えた。


 


灯りを落とした後、

ナタリーは棚を見る。


奥に置かれた、

灰色の薬瓶。


まだ、

使ってはいけない。


けれど――


彼女は、

もう戻れない場所まで、

来ている気がした。


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