第一章 灰色の街で、倒れていた少年
灰色の街、グレイアスは、
朝でも薄暗い。
石畳は煤に覆われ、
空気には薬草と鉄の匂いが混じっている。
ナタリー・エモンズは、
いつものように薬籠を抱えて歩いていた。
十四歳にして、
彼女はこの街で一番の錬金術士だった。
――もっとも、
そんなことを誇る人間は誰もいない。
錬金術は、
命を引き延ばす代わりに、
何かを失わせる学問だからだ。
路地裏に入ったとき、
ナタリーは足を止めた。
人が倒れている。
壁にもたれるように座り込み、
呼吸が浅い。
少年だった。
年は、
自分より少し上だろう。
唇が紫色に変わり、
咳と一緒に血が落ちる。
「……重い」
ナタリーは、
感情を動かさずに判断する。
助けなければ死ぬ。
ただ、それだけだ。
彼女は少年の肩を支え、
自分の工房へ運んだ。
目を覚ました少年は、
弱々しく天井を見つめた。
「……ここは?」
「私の工房です」
ナタリーは、
淡々と答える。
「あなた、倒れていました。
今は話さないほうがいい」
少年は小さく笑った。
「助けられた、のかな」
「はい」
それ以上でも、
それ以下でもない。
「名前は?」
「……リオです」
少し間があった。
だが、
ナタリーは気にしない。
「旅の途中で、
具合が悪くなっただけです」
「そうですか」
ナタリーは薬を渡す。
薄い青色の液体。
呼吸を楽にするだけの薬だ。
少年はそれを飲み、
ほっと息をついた。
「ありがとう」
その言葉に、
ナタリーは少しだけ首を振る。
「礼はいりません。
薬代も、後ででいいです」
「……冷たいね」
「慣れているだけです」
彼女はそう言って、
棚に背を向けた。
夜。
少年は眠っている。
ナタリーは机に向かい、
彼の症状を書き留めていた。
咳、吐血、
脈の乱れ。
――これは、
ただの病じゃない。
ナタリーの指が止まる。
この症状を、
彼女は知っている。
王族にだけ現れる、
血の病。
生まれ持ったものだ。
「……なるほど」
声に出さず、
理解する。
彼は王族だ。
しかも、
地位の高い。
けれどナタリーは、
何も言わなかった。
知らないふりをする。
それが、
一番楽だから。
彼女は薬瓶を一つ取り出す。
灰色のガラス瓶。
まだ、
使う時ではない。
ナタリーは、
棚の奥に戻した。
そして静かに、
こう思う。
――この人は、
私が助ける。
理由なんて、
それで十分だった。




