第六話
音が消えた気がした。
カイの体が、ボロ布のように宙を舞う。
壁に叩きつけられる鈍い音。咳き込み、吐き出した血が、瓦礫を赤く染めた。
「……硬い」
カイが呻く。剣は折れていない。だが、握る手が痙攣している。
目の前に立つ隊長機。
それは、絶望そのものだった。
これまでの機体とは違う。複合装甲。関節部すら、蛇腹状の金属で覆われている。
鬼は、次弾を装填した。
最後の一発だ。
スコープを覗く。
狙う場所がない。あの怪物は、隙間なく鋼鉄で守られている。
「無駄だ」
隊長機のスピーカーが唸る。
「貴様らの武器は、旧時代の遺物だ。帝国の技術の前にひれ伏せ」
巨大な腕が振り上げられた。
パイルバンカー。鉄杭を打ち込む殺戮兵器が、カイの頭上で唸りを上げる。
死ぬな。
鬼の脳裏に、その言葉が過った。
俺はここで死んでもいい。だが、こいつは違う。
この純粋な炎を、こんな場所で消してはならない。
鬼は銃口をずらした。
敵ではない。
その背後。工場の壁を走る、太い配管だ。
圧力計の針は、レッドゾーンを振り切っている。
賭けだ。
引き金を絞る。
衝撃。
乾いた音が響いた瞬間、世界が白く染まった。
*
轟音。
撃ち抜かれたバルブから、圧縮された高圧蒸気が爆発的に噴き出した。
視界がゼロになる。
熱波が肌を焼く。
「ぬうっ!?」
隊長機がたじろぐ。センサーが熱で狂ったのだ。
その隙だ。
鬼は屋根から飛び降りた。着地の衝撃が膝に走るが、無視する。
カイの襟首を掴み、引きずり起こす。
「走れ!」
「でも、まだ……!」
「見ろ!」
鬼は怒鳴った。
白煙の向こうで、第七地区が燃えている。
住人たちの悲鳴も、もう聞こえない。圧倒的な暴力が、全てを押し潰していた。
「勝てん。今は生きろ」
鬼の声に、カイが唇を噛みしめる。血が滲む。
カイは剣を拾い、頷いた。
二人は走った。
背後で、蒸気を切り裂いて鉄杭が打ち込まれる音がした。
路地裏のマンホール。
錆びついた蓋を蹴り開ける。
腐臭が鼻をつく。
近くに隠れていた数人の子供たちを、先に落とす。
最後に、鬼が飛び込んだ。
蓋を閉じた瞬間、頭上で爆発音がした。
間一髪だった。
*
地下水道。
汚水が足首を洗う。闇は濃く、湿っている。
上からは、微かに地響きが伝わってくるだけだ。
俺たちは、泥の中を這うように進んだ。
三十分ほど歩いただろうか。
小さな空間に出た。古い整備用の空洞だ。
子供たちは、恐怖で震えながら身を寄せ合っている。
カイが、崩れ落ちるように座り込んだ。
あばらがイカれている。呼吸が浅い。
「……畜生」
カイが拳を地面に叩きつけた。汚水が跳ねる。
「畜生……!」
嗚咽が漏れた。
守りたかったものを、守れなかった。
その無力感が、骨の髄まで染み込んでいる。
鬼は、何も言わなかった。
かける言葉などない。
ただ、懐から最後の葉巻を取り出し、火をつけた。
ゆらり。
小さな炎が、二人の顔を照らす。
泥と血にまみれた顔。
それは、敗者の顔だった。
だが、目は死んでいない。
悔しさが、涙が、男を強くする時がある。
鬼は深く紫煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
苦い味がした。
これが、敗北の味だ。
だが、まだ終わってはいない。
暗闇の中で、狼たちの瞳だけが、鋭く光っていた。




