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第五話

大地が震えた。

 第七地区の最前線。廃墟と化した工場の屋根で、鬼は瞼を開いた。

 来たか。

 遠く、土煙が上がっている。蒸気の白煙が、朝霧と混じり合って濁っていた。

 地響きは、規則正しいリズムを刻んでいる。鋼鉄の行軍だ。

 鬼はスコープを覗いた。

 レンズの向こうに、異形の姿が映る。

 アイアン・フット。

 三メートルはある巨体。全身を覆うリベット打ちの装甲。背中の蒸気機関から、シュッシュッという排気音を撒き散らしながら進んでくる。

 六機。いや、八機か。

 その後ろには、火炎放射器を構えた歩兵が続く。

「……本気だな」

 鬼は独りごちた。

 単なる制圧ではない。徹底的な殲滅の構えだ。

 眼下を見下ろす。

 瓦礫の影に、カイが潜んでいる。剣を抱き、獣のように身を低くしている。

 恐怖はないように見えた。あるのは、静かな殺気だけだ。


     *


 午前六時。

 先頭の機甲兵が、居住区へのバリケードを粉砕した。

 轟音。

 それが、合図だった。

「行くぞ!」

 カイが飛び出した。

 速い。

 廃墟を駆け抜け、瞬く間に先頭の機甲兵に肉薄する。

 敵のパイロットが反応し、巨大な腕を振り上げる。油圧シリンダーが唸りを上げた。

 直撃すれば、人間など赤い染みになる。

 だが、カイは止まらない。

 踏み込み。一閃。

 剣が銀色の弧を描いた。

 ガキン!

 硬質な音が響き、火花が散る。

 斬れない。

 分厚い装甲が、刃を弾き返したのだ。カイの身体が弾かれるように後退する。

「小蝿が!」

 機甲兵の外部スピーカーから、嘲笑が漏れた。

 機関銃が火を噴く。

 カイは瓦礫に身を隠した。コンクリートが砕け、粉塵が舞う。

 圧倒的な質量と火力。生身の人間が挑むには、あまりに無謀な壁。

 機甲兵が、トドメを刺そうと一歩踏み出した。


 その瞬間だ。

 乾いた音が、戦場を切り裂いた。

 機甲兵の動きが止まる。

 膝の関節。装甲の隙間から、黒い油が噴き出した。

「なっ……!?」

 姿勢が崩れる。

 鬼の弾丸だ。

 ガルドの作ったタングステン弾芯が、もっとも脆弱な一点を貫いたのだ。

 カイは見逃さなかった。

 再び飛び出す。今度は、正面ではない。

 姿勢を崩した敵の、懐へ。

 そこには、装甲の継ぎ目が露出している。

 剣が走った。

 流れるような刺突。

 切っ先が隙間に吸い込まれ、内部のパイロットに達する手応えがあった。

 機甲兵が痙攣し、蒸気を噴き出して沈黙した。


     *


 屋根の上で、鬼はボルトを引いた。

 排莢された薬莢が、カランと音を立てて転がる。

 一機。

 だが、まだ七機いる。

「来るぞ、カイ」

 風に乗せて呟く。

 残りの機甲兵が、一斉に武器を構えた。

 怒号のような銃声。火炎放射の熱波。

 第七地区が、炎に包まれていく。

 カイは走った。

 弾丸の雨の中を、縫うように駆ける。

 鬼は撃ち続けた。

 スコープの中で、世界はスローモーションになる。

 敵の視界を奪う。センサーを破壊する。武器を持つ手を撃ち抜く。

 カイを守るための、弾幕。

 二人は言葉を交わさない。

 だが、通じ合っていた。

 鬼が敵の動きを止め、カイがその隙を突く。

 歯車が噛み合うように。

 錆びついた運命が、熱を帯びて回転し始める。

 二機目が倒れた。三機目が炎上した。


 だが、敵は無限に湧いてくるようだった。

 後方から、新たな増援が現れる。

 さらに巨大な、隊長機。

 その肩には、帝国技術院の紋章が刻まれていた。

「……ヴィクターの犬か」

 鬼の額に、汗が伝う。

 弾が足りない。

 そして、第七地区の住人たちが、逃げ惑う悲鳴が聞こえ始めた。

 守りきれるか。

 いや、守る。

 鬼はトリガーに指をかけた。

 四十年の殺戮の果てに、ようやく見つけた死に場所かもしれなかった。

 震えは、止まっていた。

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