第一話 プロローグ
こんにちわ初投稿の歯車男爵です!サイバーパンクの世界観で短めに書いていこうと思うんでよかったら読んでってください!
鉄の匂いがした。 油と混じり合い、肺の奥まで染みついてくる。 帝都の夜は、いつだって重い。蒸気の吐息が星を隠し、空は鉛色に沈んでいた。
ダスク・ディストリクト。 帝国の底。掃き溜め。洒落た名前など意味はない。ここはただ、腐り落ちた歯車の墓場だ。
希望などない。命は消耗品だ。 それでも、人間は生きている。ただ、呼吸をしている。 その澱んだ闇を、ひとつの噂が這い回っていた。
──鬼がいる。
顔を見た者はいない。名もない。 確かなのは、乾いた銃声と、そのあとに残る死体だけだ。
「二百メートル。霧の向こうだ。風も巻いていた」 帝国兵が酒場で管を巻く。 「なのに、一発で頭を……」
誰も確かめようとはしない。 確かめる前に、命が尽きるからだ。
その夜、標的は資源管理官だった。 表の顔は穏やかだが、裏では労働者を虫けらのように磨り潰す男。 鋼鉄の塔。二重の警備。弾丸など届くはずのない距離だ。
だが、銃声はひとつ。
乾いた音が夜を引き裂いた。男の額に、小さな穴が穿たれる。 血は、驚くほど静かに流れた。
高楼の遥か向こう。崩れかけた工場の屋上。 黒い影がひとつ、そこにあった。
鬼だ。
フードの奥。瞳に光はない。感情も、すでに捨てた。 ただ狙い、引き金を絞り、結果を受け入れる。それだけの装置。 指先に、微かな震えが残る。
「……また、ひとりか」
誰に向けた言葉でもない。 夜に落ちた呟きは、蒸気の唸りに掻き消された。
四十年。 十二の時から銃を握り、他人の時間を奪い続けてきた。 金のため。生きるため。いつしか、理由など忘れた。
変わらない街。膨れ上がる工場。増えていく死体。 骨の髄まで、疲れが食い込んでいた。
その時だ。
路地の奥で、空気がざわついた。 帝国兵が数人、ひとりの少年を囲んでいる。 剣を握る背中は細い。だが、足は地を噛んでいる。逃げようとはしていない。
「逆らうなと言っているんだ、ガキが」
少年は歯を食いしばる。睨み返す。 瞳にあるのは恐怖ではない。怒りだ。焼き尽くすような、純粋な怒り。
「お前たちが踏み躙ったものを、よく見ろ」
真っ直ぐな声だった。 愚かしいほどに、真っ直ぐだ。 だが、胸の奥に突き刺さる。
指が、再び引き金にかかった。 狙いは、兵ではない。
少年の、その生き様だ。
夜風が吹き抜ける。 蒸気が流れる。 運命という名の歯車が、軋みを上げて噛み合った。
顔なき暗殺者と、理想を抱く剣士。 誰も知らない場所で、帝国の終わりが始まった。




