Ⅷ 語る覇王
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
「では、俺の戦いについて語ろう」
テムジンが水を一口飲み、視線を舜に向けた。
「父イェスゲイが死んだ後、俺たち一家は部族から見捨てられた。父に従っていた者たちは、皆去っていった」
舜は筆を構えた。
「最も酷かったのはタイチウト氏だ。俺が旅から帰った後、15歳だった俺を恐れた。」
テムジンの声が低く響く。
「タイチウト氏は同じモンゴル族でありながら、俺たちを迫害した。食料を奪い、追い立てた。まるで獣を追うように」
拳が握られる。
「ある日、奴らは俺を捕らえた。首に木の枷をはめられ、各ゲルを回された。見せしめだ」
「...どうやって逃げたのですか?」
舜が聞いた。
「ある夜、祭りで皆が酔っていた。その隙に川へ逃げ込んだ。冷たい水の中で息を潜めた」
テムジンが遠くを見た。
「ソルカン・シラという男が助けてくれた。彼は敵の一族だったが、俺を匿ってくれた。恩は忘れん」
「その後は?」
「逃げ延びた。母と弟たちと共に、草原を彷徨った。魚を捕り、鳥を射て、何とか生き延びた」
テムジンが立ち上がった。
「だが、ずっと逃げているわけにはいかん。力をつける必要があった。そこで出会ったのが、ジャムカだ」
「ジャムカは俺の幼馴染だった。少年の頃、共に遊んだ仲だ。再会した時、俺たちはアンダ、義兄弟の契りを結んだ」
テムジンの表情が複雑になる。
「しばらくは共に行動した。だが、次第に考えが合わなくなった」
「何が違ったのですか?」
「ジャムカは金国と結ぶのに何があっても反対だった。利用すると考えても俺と合わなかった。」
テムジンが首を振る。
「だが俺は違う。飛躍するためなら、なんでも使う。それがどんな大国であろうと、泥水を啜ってでも」
舜はテムジンの目が一瞬また燃えたように見えた。
「それで決裂を?」
「ああ。16年くらい前だったか。ある日、俺の支配下の牧民の馬が盗まれた。ジャムカの配下の仕業だと分かった。」
テムジンの目が鋭くなる。
「俺は部下を送って犯人を殺した。草原で馬を盗んだものは、死だ。」
舜は息を呑んだ。
「ジャムカは激怒した。『勝手なことをするな』と。そこで袂を分かった。以来、奴は俺の敵だ」
沈黙が流れる。
「その頃、メルキト部族との戦いもあった」
テムジンの声が低くなった。
「メルキトは、かつて父イェスゲイが奴らの女を奪ったことを恨んでいた。復讐のため、奴らは...」
「あなた」
今まで一言も喋らなかったボルテが制した。テムジンが口ごもる。
舜は何も言えなかった。これは触れてはいけない話だ。
「ケレイトのトオリル・ハンと、まだ仲が良かった頃のジャムカに助けを求めた。三者で同盟を組み、メルキトを攻めた」
「勝ったのですか?」
「ああ。メルキトの本拠を襲い、メルキトは散り散りになった」
テムジンが窓の外を見た。
「だが、その後もメルキトの残党は生き残り、何度も俺を襲ってきた。しつこい連中だった」
「そして、2年前」
テムジンの声に怒りが籠る。
「タタル族との決戦だ。奴らは父の仇。イェスゲイを毒殺したのはタタルの者どもだった。金国がタタルを攻めた時、俺はケレイトのトオリル・ハンと共に、金に協力した。タタルを挟撃する形だ」
「戦いは激しかった。だが、俺たちが勝った」
テムジンの拳が握られる。
「タタルの男たち、車輪より背が高い者は皆殺しにした。女子供は部族に組み入れた。勝ったものがすべてをてにいれる。これが草原の掟だ」
冷徹な決断。舜は黙って記録した。
「父の仇は討った。だが、まだ終わりではなかった」
テムジンが舜を見た。
「タイチウト氏も、ジャムカも、メルキトの残党も、まだ生きていた。そして何より...」
テムジンが遠くを見た。
「ケレイトのトオリル・ハン。俺の恩人が、次の敵になろうとしていた」
舜は息を呑んだ。
「続きは、俺が少し休んでから話そう。」
テムジンが立ち上がり、ボルテも立ち上がった。
「今日はここまでだ。書いたものを整理しておけ」
「はい」
テムジンは寝台に去った。
舜は深く礼をした。
テムジンの戦いは、まだ終わっていない。
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