Ⅵ 統治
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
1215年、夏。
開封府。
金が滅んで、一ヶ月が過ぎた。
街は、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
チンギスは、耶律楚材を呼んだ。
「楚材」
「はい」
「この地を、お前に任せる」
「...!」
耶律楚材が驚いた。
「中都と開封府、そして周辺の土地」
チンギスが地図を指差した。
「全て、お前が統治しろ」
「ですが、私は...」
「お前は、行政に長けている」
チンギスが言った。
「税の取り方、民の治め方、全て知っている」
「俺には、それができない」
「だから、お前に任せる」
耶律楚材は、迷った。
だが。
「...承知しました」
耶律楚材が頭を下げた。
「必ず、良き統治をいたします」
「頼んだぞ」
チンギスが笑った。
その夜。
耶律楚材は、完顔遠理と話していた。
「遠理殿」
「うむ」
「私は、中原の統治を任されました」
「そうか」
完顔遠理が頷いた。
「では、俺は?」
「軍を、お願いしたい」
耶律楚材が答えた。
「中原の守備です」
「...分かった」
完顔遠理が立ち上がった。
「楚材」
「はい」
「俺たちは、敗者だ」
完顔遠理が言った。
「金を、守れなかった」
「...はい」
「だが」
完顔遠理が窓の外を見た。
「せめて、民を守ろう」
「モンゴルに仕えても、それはできる」
「はい」
耶律楚材が頷いた。
「そのために、働きましょう」
二人は、新しい主への忠誠を誓った。
翌朝。
耶律楚材は、役人たちを集めた。
金の役人たちだ。
張元もいた。
「諸君」
耶律楚材が言った。
「金は滅んだ」
「だが、我らの仕事は終わっていない」
役人たちが、耳を傾ける。
「今日から、我らはモンゴルに仕える」
「そして、この地を統治する」
「税を集め、民を守り、秩序を保つ」
耶律楚材が続けた。
「それが、我らの務めだ」
張元が挙手した。
「楚材殿」
「何だ」
「モンゴルの税は、どうなるのですか?」
「金と同じだ」
耶律楚材が答えた。
「変える必要はない」
「チンギス様も、それを望んでおられる」
役人たちが、安堵した。
「では、始めよう」
耶律楚材が宣言した。
「新しい時代を」
同じ頃。
アウラガ。
遼舜が、戻ってきた。
「父上!」
遼海が駆け寄ってきた。
三歳になっていた。
しっかりした足取りで走ってくる。
「遼海!」
遼舜が遼海を抱き上げた。
「大きくなったな」
「はい」
遼海が笑った。
「父上、お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
遼舜が遼海を抱きしめた。
星歌も、笑顔で迎えた。
「お疲れ様」
「ああ」
遼舜が星歌を抱いた。
三人は、抱き合った。
家族の再会だった。
その夜。
遼舜は、遼海に話を聞かせていた。
「金という国があってな」
「うん」
遼海が真剣に聞いている。
「その国を、チンギス様が滅ぼした」
「すごい」
遼海が目を輝かせた。
「父上も、戦ったの?」
「いや」
遼舜が首を振った。
「父上は、記録をした」
「きろく?」
「そうだ。戦のことを、全部書いた」
遼舜が説明した。
「いつか、遼海もこれを読むだろう」
「うん」
遼海が頷いた。
「父上、字を教えて」
「ああ」
遼舜が微笑んだ。
「明日から、また教えよう」
数日後。
チンギスが、将軍たちを集めた。
「諸君」
チンギスが地図を広げた。
「金は滅んだ」
「次は、西だ」
将軍たちが、地図を見る。
西には、二つの大国があった。
西遼と、ホラズム。
「どちらを攻めますか?」
ムカリが聞いた。
「まずは、西遼だ」
チンギスが答えた。
「ホラズムは、その後だ」
「西遼か...」
ジョチが呟いた。
「耶律直魯古の国だな」
「ああ」
チンギスが頷いた。
「老獪な皇帝だ」
「だが、倒す」
オゴデイが聞いた。
「いつ、攻めますか?」
「来年だ」
チンギスが答えた。
「今年は、中原を固める」
「そして、来年、西遼を攻める」
西遼。
虎思斡耳朶。
耶律直魯古が、報告を受けていた。
「金が...滅んだ?」
「はい」
宰相の楊安仁が答えた。
「モンゴルに、滅ぼされました」
「...」
耶律直魯古は、黙った。
七十を超える老帝。
だが、頭は鋭かった。
「モンゴルは、強いな」
「はい」
楊安仁が頷いた。
「金を滅ぼすとは」
「次は、我らか?」
耶律直魯古が聞いた。
「...その可能性があります」
「そうか」
耶律直魯古が立ち上がった。
「ならば、準備をせねばな」
「はい」
「グチュルクを呼べ」
「なんと」
楊安仁が驚いた。
「グチュルクを、ですか?」
「ああ」
耶律直魯古が頷いた。
「奴を、使う時が来た」
数日後。
グチュルクが、玉座の前に立っていた。
元ナイマンの王子。
チンギスに敗れて、西遼に逃げてきた男だ。
「グチュルク」
耶律直魯古が言った。
「お前に、軍を預ける」
「...!」
グチュルクが目を見開いた。
「モンゴルが、いずれ来る」
耶律直魯古が続けた。
「その時、お前が迎え撃て」
「...承知しました」
グチュルクが頭を下げた。
だが。
その目には、野心が光っていた。
(ついに、チャンスが来た)
楊安仁は、それを見ていた。
だが、何も言えなかった。
ホラズム。
グルガンジ。
アラーが、報告を受けていた。
「金が、滅んだ?」
「はい」
宰相が答えた。
「モンゴルという遊牧民に」
「遊牧民が...」
アラーが笑った。
「面白い」
母のテルケン・ハトゥンが言った。
「ムハンマド、侮ってはいけません」
「母上」
アラーが振り返った。
「遊牧民など、恐れるに足りません」
「ですが、金を滅ぼしたのです」
「金は、弱かった」
アラーが言った。
「我らとは違います」
テルケン・ハトゥンは、溜息をついた。
(この子は...)
だが。
アラーの側近、イナルチュクが言った。
「陛下の仰る通りです」
「我らホラズムは、最強です」
「モンゴルなど、恐れる必要はありません」
アラーが笑った。
「そうだ」
「我らは、無敵だ」
テルケン・ハトゥンは、不安だった。
(モンゴル...)
(一体、何者なのか)
南宋。
臨安。
皇帝、寧宗が報告を受けていた。
「金が、滅んだ」
「はい」
宰相の史弥遠が答えた。
「モンゴルに」
「...」
寧宗は、黙った。
「どうなさいますか?」
史弥遠が聞いた。
「...様子を見る」
寧宗が答えた。
「モンゴルと、戦う気はない」
「ですが、いずれ...」
「分かっている」
寧宗が手を振った。
「だが、今は様子を見るしかない」
史弥遠は、頭を下げた。
だが。
(モンゴルは、必ず来る)
(その時、我らはどうする)
アウラガ。
遼舜は、記録を書いていた。
「1215年、金滅亡」
「耶律楚材、中原統治を開始」
「チンギス、次は西遼を標的に」
遼舜は、筆を置いた。
(歴史が、大きく変わっている)
(金の滅亡が、ずっと早い)
(これから、何が起きるんだろう)
遼海が、入ってきた。
「父上」
「うん」
「字、教えて」
「ああ」
遼舜が微笑んだ。
「来い」
遼海が、遼舜の膝に座った。
遼舜は、紙に字を書いた。
「これが、天だ」
「てん」
遼海が復唱する。
「これが、地だ」
「ち」
「そうだ」
遼舜が頭を撫でた。
「遼海は、賢いな」
「えへへ」
遼海が笑った。
遼舜は、遼海を見つめた。
(この子が大きくなる頃)
(世界は、どうなっているんだろう)
その夜。
チンギスは、一人で空を見上げていた。
無数の星が、輝いている。
「金を、滅ぼした」
チンギスが呟いた。
「だが、まだ終わりではない」
「西遼、ホラズム、南宋」
「全て、征服する」
チンギスの目が、光った。
「この世界を、一つにする」
草原の風が、吹いていた。
新しい征服の時代が、始まろうとしていた。
開封府。
耶律楚材は、執務室で書類を整理していた。
税の記録。
人口の調査。
食料の分配。
やるべきことは、山ほどあった。
「楚材殿」
張元が入ってきた。
「何だ」
「北の村から、税が納められました」
「そうか」
耶律楚材が頷いた。
「記録しておけ」
「はい」
張元が出ていった。
耶律楚材は、窓の外を見た。
開封府の街が見える。
金の都だった街。
今は、モンゴルの街だ。
「金よ...」
耶律楚材が呟いた。
「許してくれ」
「だが、俺は生きる」
「この地を、守るために」
耶律楚材は、再び書類に向かった。
新しい統治者として。
1215年の秋は、終わろうとしていた。
金は滅び、モンゴルは中原を手に入れた。
だが、世界はまだ広い。
西遼、ホラズム、南宋。
まだ、征服すべき国がある。
チンギスの野望は、止まらない。
遼舜は、その全てを記録し続ける。
歴史の証人として。
草原の風が、全てを包んでいた。
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