Ⅴ 滅国
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
1215年、初夏。
開封府の包囲が始まって、二週間が過ぎた。
モンゴル軍は、攻城兵器を組み立てていた。
「もっと急げ!」
ムカリが叫んだ。
兵たちが、木材を運んでいる。
投石機だ。
巨大な腕木に、石を乗せる。
「完成したぞ!」
兵の一人、バートルが叫んだ。
若い兵だが、器用だった。
「よし、試射だ」
ムカリが命じた。
投石機が、石を放つ。
巨大な石が、空を飛ぶ。
そして。
城壁に激突した。
轟音が響く。
「やったぞ!」
兵たちが歓声を上げた。
「もっと作れ」
ムカリが言った。
「十台、いや二十台だ」
「はっ!」
城内。
完顔遠理が、城壁の上に立っていた。
投石機の石が、城壁に当たる。
「くっ...」
石が、城壁を削っていく。
「遠理殿」
完顔陳和尚が来た。
「投石機が、二十台に増えました」
「...そうか」
完顔遠理が歯噛みした。
「城壁が、持つか?」
「分かりません」
完顔陳和尚が答えた。
「ですが、補修は続けています」
「そうか」
その時。
別の将軍、完顔福興が駆けてきた。
中年の将軍で、守備の専門家だった。
「遠理殿!」
「何だ」
「東の城壁に、亀裂が入りました」
「...!」
「すぐに、補修を」
「すでに、やっています」
完顔福興が答えた。
「ですが、石が足りません」
「分かった。耶律楚材に頼む」
完顔遠理が走った。
耶律楚材の執務室。
耶律楚材は、書類に埋もれていた。
「石材、必要」
「木材、必要」
「食料、減少中」
やるべきことが、多すぎた。
「楚材殿」
部下の役人、張元が入ってきた。
「何だ」
「東の城壁の補修に、石材が必要だそうです」
「...どれくらい?」
「二百貫です」
耶律楚材が計算した。
(石材の在庫は...)
「分かった。倉庫から出せ」
「はっ」
張元が走った。
耶律楚材は、溜息をついた。
(このままでは、物資が尽きる)
孟珙は、南宋軍を指揮していた。
「弓兵、準備しろ!」
南宋の兵たちが、弓を構える。
城壁の上から、モンゴル軍を狙う。
「放て!」
矢が、雨のように降り注ぐ。
「ぐあっ!」
モンゴル兵が倒れる。
だが。
モンゴル側も、矢を返してくる。
「伏せろ!」
孟珙が叫んだ。
南宋兵が、城壁の陰に隠れる。
矢が、城壁に突き刺さる。
「くっ...」
孟珙の部下、趙範が呻いた。
「将軍、このままでは...」
「分かっている」
孟珙が答えた。
「だが、やるしかない」
数日後。
モンゴル軍は、城壁に接近し始めた。
「盾を構えろ!」
スブタイが命じた。
兵たちが、大盾を持って進む。
城壁から、矢が降ってくる。
だが、盾で防ぐ。
「梯子を立てろ!」
兵たちが、梯子を城壁に立てかける。
「登れ!」
モンゴル兵が、梯子を登り始めた。
「敵が登ってくるぞ!」
金兵が叫んだ。
完顔陳和尚が駆けつけた。
「梯子を落とせ!」
金兵が、梯子を押す。
梯子が倒れる。
「うわああ!」
モンゴル兵が落ちていく。
「油だ!油を撒け!」
完顔陳和尚が命じた。
金兵が、熱した油を城壁から落とす。
「ぎゃあああ!」
モンゴル兵が、悲鳴を上げる。
「退け!一旦退け!」
スブタイが命じた。
モンゴル軍が、下がった。
モンゴルの陣営。
チンギスが、将軍たちを集めていた。
「城壁は、堅い」
チンギスが言った。
「梯子では、無理だな」
「では、どうしますか?」
オゴデイが聞いた。
「破城槌だ」
チンギスが答えた。
「城門を、破る」
「破城槌...」
ジョチが呟いた。
「大きな丸太に、鉄の先端をつける」
チンギスが説明した。
「それで、城門を叩く」
「時間がかかりますが」
ムカリが言った。
「ああ」
チンギスが頷いた。
「だが、確実だ」
「作れ」
数日後。
破城槌が完成した。
巨大な丸太に、鉄の先端。
屋根がついている。
矢を防ぐためだ。
「これで、行くぞ」
スブタイが命じた。
兵たちが、破城槌を押す。
城門に向かって。
ゴロゴロと、重い音を立てて進む。
「敵が、何か押してくるぞ!」
金兵が叫んだ。
完顔福興が見た。
「破城槌か!」
「城門を守れ!」
金兵が、城門の内側に集まる。
破城槌が、城門に到達した。
「叩け!」
スブタイが命じた。
兵たちが、破城槌を振る。
ドーン!
城門に激突する。
城門が、震える。
「くっ...」
完顔福興が歯噛みした。
「内側から、補強しろ!」
金兵が、木材を城門に押し当てる。
だが。
ドーン!ドーン!
破城槌が、何度も叩く。
城門に、亀裂が入り始めた。
城内。
民衆は、恐怖に怯えていた。
「城門が、壊れるぞ!」
「モンゴルが入ってくる!」
「逃げろ!」
パニックが起きていた。
金の役人たちが、必死に鎮めようとする。
「落ち着け!」
「城門は、まだ持つ!」
だが、民衆の恐怖は収まらなかった。
耶律楚材は、街を巡回していた。
「楚材殿」
張元が来た。
「民衆が、暴動を起こしそうです」
「...分かっている」
耶律楚材が答えた。
「兵を出して、抑えるしかない」
「ですが、兵は城壁の守備に...」
「分かっている!」
耶律楚材が叫んだ。
そして。
「...すまない」
耶律楚材が謝った。
「俺も、焦っている」
「お気になさらず」
張元が頭を下げた。
宮廷。
衛紹王は、もう立っていられなかった。
寝台に横たわっている。
恐怖で、病になったのだ。
「陛下...」
侍医が心配そうに見ている。
「も、もう...だめだ」
衛紹王が震えている。
「モンゴルが...入ってくる」
「陛下、まだ城門は持っています」
侍医が言った。
だが、衛紹王は聞いていなかった。
七日後。
破城槌の攻撃は、続いていた。
ドーン!ドーン!
城門が、ついに砕けた。
「やったぞ!」
モンゴル兵が歓声を上げた。
「突入しろ!」
スブタイが叫んだ。
モンゴル軍が、城内に雪崩れ込む。
「敵だ!」
金兵が迎え撃つ。
市街戦が始まった。
剣と剣が、ぶつかり合う。
叫び声。
悲鳴。
街が、戦場と化した。
完顔遠理は、本隊を率いて駆けつけた。
「城門を奪還しろ!」
金兵が、モンゴル軍に突撃する。
激しい戦いだった。
完顔陳和尚が、先頭で戦う。
「押し返せ!」
剣を振るい、敵を斬る。
だが。
モンゴル軍の数が、多すぎた。
じわじわと、押されていく。
「遠理殿!」
完顔福興が叫んだ。
「南門も破られました!」
「...!」
「モンゴル軍が、二方向から入ってきています!」
完顔遠理は、絶望した。
(もう...だめか)
孟珙は、南宋軍を率いて西門を守っていた。
「ここだけは、守り抜く!」
南宋兵が、必死に戦う。
趙範が、槍を振るう。
「将軍!」
「うむ!」
孟珙が剣を抜いた。
「我らは、退かん!」
だが。
モンゴル軍が、四方から攻めてきた。
「くっ...」
孟珙が歯噛みした。
(これでは...)
夜。
街の半分が、モンゴルに占領されていた。
チンギスが、城内に入った。
「ついに、入ったな」
チンギスが笑った。
「ああ」
オゴデイが頷いた。
「金は、もう終わりです」
「そうだな」
チンギスが前を見た。
「だが、まだ敵は戦っている」
「油断するな」
「はっ」
完顔遠理と耶律楚材は、宮殿に集まっていた。
「もう、持たない」
完顔遠理が言った。
「街の半分を、奪われた」
「兵も、半分を切った」
耶律楚材が黙った。
もう、言葉がなかった。
「陛下は?」
完顔陳和尚が聞いた。
「...寝台におられる」
耶律楚材が答えた。
「もう、意識が...」
「...そうか」
完顔遠理が拳を握った。
「俺たちは、何のために戦ったんだ」
「遠理殿」
耶律楚材が言った。
「我らは、国を守るために戦いました」
「だが、負けた」
「はい」
耶律楚材が頭を下げた。
「ですが、最後まで戦いました」
「それだけは、誇れます」
完顔遠理は、涙を流した。
「...そうだな」
翌朝。
完顔遠理は、白旗を掲げた。
「降伏する」
モンゴル軍が、宮殿に入ってきた。
チンギスが、玉座の前に立った。
「衛紹王は?」
「...病で、床に伏しています」
耶律楚材が答えた。
チンギスは、寝台に向かった。
衛紹王が、横たわっている。
もう、意識がない。
「...これが、金の皇帝か」
チンギスが呟いた。
「哀れだな」
数日後。
衛紹王は、息を引き取った。
金王朝は、滅亡した。
開封府の広場。
チンギスが、民衆の前に立った。
「金は、滅んだ」
チンギスが宣言した。
「今日から、この地はモンゴルのものだ」
民衆は、恐れて頭を下げた。
「だが、安心しろ」
チンギスが続けた。
「モンゴルに従う者は、保護する」
「税を納め、法を守れば、命は奪わない」
民衆が、顔を上げた。
「本当、ですか?」
一人の老人が聞いた。
「ああ」
チンギスが頷いた。
「俺は、嘘をつかない」
遼舜は、記録を取っていた。
「1215年、初夏」
「開封府陥落」
「金王朝、滅亡」
遼舜は、感慨深かった。
(ついに、金が滅んだ)
完顔遠理と耶律楚材は、捕虜となっていた。
チンギスが、二人に会いに来た。
「完顔遠理、耶律楚材」
「...」
二人は、黙って頭を下げた。
「お前たちは、よく戦った」
チンギスが言った。
「敬意を表する」
「...」
「だから、殺さない」
チンギスが続けた。
「モンゴルに仕えろ」
「...!」
二人が顔を上げた。
「俺に仕えて、この地を統治しろ」
「お前たちの知識と能力が、必要だ」
完顔遠理は、迷った。
だが。
耶律楚材が答えた。
「...承知しました」
「楚材!」
完顔遠理が驚いた。
「遠理殿」
耶律楚材が言った。
「我らが仕えれば、金国だった民を守れます」
「...」
完顔遠理は、黙った。
そして。
「...分かった」
完顔遠理が頭を下げた。
「モンゴルに、仕えます」
チンギスが笑った。
「よし。では、頼むぞ」
1215年、夏。
金王朝は、完全に滅亡した。
モンゴルは、中都と開封府を手に入れた。
草原の覇者が、中原を支配した。
遼舜は、記録を閉じた。
(これで、金との戦は終わった)
(次は...)
遼舜は、空を見上げた。
(南宋か。西遼か。それとも、西方か)
草原の風が、開封府を吹き抜けていった。
新しい時代が、始まろうとしていた。
レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!




