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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
対峙

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35/39

Ⅰ 始動

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1213年、春。

アウラガ。

星歌の陣痛が始まった。

「うっ...!」

星歌が苦しそうに呻いた。

「星歌!」

舜が慌てて駆け寄る。

「産婆を!早く!」

ボオルチュの妻が走った。

舜は、星歌の手を握った。

「大丈夫だ。すぐに産婆が来る」

「うん...」

星歌が震えている。

痛みに耐えながら。

数刻後。

産婆が来た。

「さあ、お嬢さん。力んで」

「はい...!」

星歌が必死に力む。

舜は、外で待つことになった。

「舜殿」

ボオルチュが来た。

「落ち着け。焦ってもどうにもならん」

「はい...」

舜は、震えていた。

(星歌...)

(頼む、無事で)

ゲルの中から、星歌の声が聞こえる。

苦しそうな声。

だが、舜は何もできない。

ただ、祈るしかなかった。

時間が、ゆっくりと過ぎていく。

どれだけ待っただろう。

ふと。

産声が聞こえた。

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

舜の体が震えた。

「生まれた...」

産婆がゲルから出てきた。

「おめでとうございます。元気な男の子です」

「星歌は!?」

「無事ですよ。お入りなさい」

舜は、駆け込んだ。

星歌が、疲れた顔で横たわっていた。

だが、笑顔だった。

その腕に、小さな赤ん坊が抱かれている。

「舜...」

「星歌...!」

舜が駆け寄った。

「よく頑張った」

「うん...」

星歌が微笑んだ。

「見て。私たちの子供」

舜は、赤ん坊を見た。

小さい。

だが、確かに生きている。

「...」

舜の目から、涙が溢れた。

「俺たちの...子供」

「うん」

星歌も泣いていた。

二人は、赤ん坊を見つめた。

新しい命。

この草原で生まれた、二人の子供。


数日後。

舜は、チンギスに報告した。

「殿」

「うむ」

「子が、生まれました」

チンギスの顔が、ほころんだ。

「そうか!男か、女か?」

「男です」

「そうか。めでたい」

チンギスが笑った。

「舜」

「はい」

「名は決めたか?」

「まだです」

舜が頭を下げた。

「実は...殿にお願いがあります」

「何だ」

「名を、いただきたいのです」

チンギスは、少し驚いた表情を見せた。

だが、すぐに頷いた。

「分かった。では」

チンギスが考え込む。

「お前は、遼の皇族の末裔である耶律楚材のことを調べていたな」

「はい」

「遼は、かつて草原を統べた偉大な国だった」

チンギスが続けた。

「その名を、お前に授けよう」

「...!」

「今日より、お前は遼舜と名乗れ」

「そして、子には遼海と名付けよ」

舜は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「海は、果てしない。お前の子が、広い世界を見ることを願ってつけた」

「はい」

舜——いや、遼舜は、感謝の気持ちでいっぱいだった。

(遼...)

(俺たちに、姓ができた)


その夜。

遼舜は、星歌に報告した。

「殿から、姓をいただいた」

「姓?」

「遼だ。俺は遼舜、お前は遼星歌」

「そして、この子は遼海」

星歌が目を見開いた。

「遼...海」

星歌が赤ん坊を抱きしめた。

「遼海。いい名前だね」

「ああ」

遼舜が頷いた。

「殿が、名付けてくださった」

「チンギス様に感謝しなきゃね」

「ああ」

二人は、遼海を見つめた。

小さな命。

だが、大きな未来を持つ命。

(遼海...)

(お前は、どんな人生を歩むんだろう)

遼舜は、そう思った。


同じ頃。

金。中都。

宮廷では、大きな動揺が走っていた。

章宗が、崩御したのだ。

「陛下...」

侍医が頭を下げている。

もう、何もできなかった。

章宗は、病に倒れてから数ヶ月。

ついに、息を引き取った。

享年四十一。

若くして、世を去った。

「陛下...」

完顔遠理が、玉座の前に跪いた。

章宗は、無能ではなかった。

だが、モンゴルの脅威を理解できなかった。

それが、致命的だった。

「遠理」

耶律楚材が来た。

「次の皇帝は?」

「...衛紹王だ」

完顔遠理が答えた。

「章宗陛下の甥だ」

「彼は...どうなのですか?」

耶律楚材が不安そうに聞いた。

完顔遠理は、黙った。

答えが、全てを物語っていた。


数日後。

衛紹王が即位した。

だが、その即位式は、華やかさに欠けていた。

衛紹王は、四十代半ば。

凡庸な男だった。

「朕は、この国を守る」

衛紹王が宣言した。

だが、その声には力がなかった。

大臣たちも、期待していなかった。

完顔遠理と耶律楚材は、顔を見合わせた。

(この方では...)

(国は守れない)

二人とも、そう思った。


その夜。

完顔遠理と耶律楚材は、密談した。

「楚材」

「はい」

「俺たちで、国を守るしかない」

完顔遠理が言った。

「陛下は、頼りにならん」

「...はい」

耶律楚材が頷いた。

「俺が軍を統べる。お前が兵站を統べる」

「そうして、モンゴルを防ぐ」

「はい」

二人は、覚悟を決めた。

皇帝が無能なら、臣下が国を守る。

それしかなかった。


1213年、夏。

モンゴル軍が、再び動き出した。

今度は、十万の大軍だった。

「殿」

ボオルチュが報告した。

「金の皇帝が変わりました」

「ほう」

チンギスが興味を示した。

「新しい皇帝は?」

「衛紹王という男です」

「どんな奴だ?」

「凡庸だと聞いています」

チンギスが笑った。

「ならば、好都合だ」

「はい」

「今回は、本気で攻める」

チンギスが地図を広げた。

「中都を、落とす」

「...!」

将軍たちが緊張した。

「今までは様子見だった。だが、もういい」

「金の新帝は弱い。今が好機だ」

チンギスが立ち上がった。

「全軍、出陣だ」

「はっ!」


遼舜は、遼海を星歌に預けた。

「行ってくる」

「気をつけてね」

星歌が心配そうに言った。

「ああ」

遼舜が遼海の頭を撫でた。

「遼海、いい子にしてろよ」

赤ん坊は、何も分からず、ただ笑っていた。

遼舜は、ゲルを出た。

(今回の戦は、大きくなる)

(俺も、しっかり記録しなければ)


モンゴル軍、十万が南へ進んだ。

金の国境を越える。

見張りの砦が、次々と陥落していく。

「敵だ!」

「モンゴル軍だ!」

金兵が叫ぶ。

だが、止められない。

モンゴルの奔流は、全てを飲み込んだ。


中都。

完顔遠理が、急いで軍を集めていた。

「全軍、集結しろ!」

「モンゴルが来る!」

兵たちが慌てて準備する。

だが。

「遠理殿」

耶律楚材が報告に来た。

「集まったのは、六万です」

「...六万か」

完顔遠理が歯噛みした。

「足りん。だが、やるしかない」

「はい」

二人は、決戦の準備を進めた。


数週間後。

両軍が、再び対峙した。

野戦場。

モンゴル十万。

金六万。

「また会ったな」

チンギスが笑った。

「完顔遠理」

遠くに、完顔遠理の旗が見える。

「殿」

ムカリが聞いた。

「どうしますか?」

「正面から行く」

チンギスが答えた。

「数で勝っている。押し切れる」

「はっ」


戦いが始まった。

モンゴル軍が、三方から攻めた。

右翼は、ジョチとジェベ。

左翼は、チャガタイとスブタイ。

中央は、チンギスとオゴデイとムカリ。

金軍は、必死に耐えた。

完顔遠理が、指揮を執る。

「持ちこたえろ!」

「中央を守れ!」

だが。

数の差は、圧倒的だった。

じわじわと、押されていく。

「くっ...」

完顔遠理が歯噛みした。

(これでは...)


日が傾く頃。

金軍は、ついに崩れた。

「退却だ!」

完顔遠理が叫んだ。

金軍は、秩序を失って逃げた。

モンゴル軍が、追撃する。

「逃がすな!」

ジェベが叫んだ。

矢が、逃げる金兵を射抜く。

「ぐあっ!」

次々と倒れていく。

完顔遠理は、わずかな兵と共に辛うじて逃げ延びた。

(負けた...。完全に、負けた)


モンゴルの陣営。

チンギスが、勝利を喜んでいた。

「よくやった」

将軍たちが頭を下げる。

「殿」

ボオルチュが報告した。

「金軍の損害、四万」

「モンゴル軍の損害、五千」

「ふむ」

チンギスが頷いた。

「完顔遠理は?」

「逃げました」

「そうか」

チンギスが笑った。

「だが、もう金には力がない」

「このまま、中都に迫る」

「はっ」


遼舜は、記録を取っていた。

「1213年夏、第三次金侵攻」

「金軍、大敗」

「損害、四万」

(ついに、金が崩れ始めた)

遼舜は、感じていた。

(この戦で、金の運命が決まるかもしれない)


中都。

完顔遠理が、傷だらけで戻ってきた。

「遠理殿!」

耶律楚材が駆け寄った。

「...負けた」

完顔遠理が呻いた。

「四万が、死んだ」

「...!」

耶律楚材が青ざめた。

「もう、兵がいない」

完顔遠理が倒れ込んだ。

「このままでは、中都が...」

「いえ」

耶律楚材が言った。

「まだ、中都は堅固です」

「城に籠もれば、持ちこたえられます」

「...そうか」

完顔遠理が顔を上げた。

「ならば、籠城だ」

「はい」


衛紹王の前。

「陛下」

完顔遠理が報告した。

「モンゴル軍が、中都に迫っています」

「...!」

衛紹王が震えた。

「ど、どうすれば...」

「籠城いたします」

完顔遠理が答えた。

「城は堅固です。持ちこたえられます」

「そ、そうか...」

衛紹王は、何も判断できなかった。

ただ、震えているだけだった。

完顔遠理は、溜息をついた。

(やはり、この方では...)


数日後。

モンゴル軍が、中都を包囲した。

「見えたぞ」

チンギスが言った。

「中都だ」

巨大な城壁が見える。

「今回は、落とす」

チンギスが宣言した。

「時間がかかってもいい」

「必ず、落とす」

将軍たちが頷いた。

「はっ!」


遼舜は、城壁を見上げた。

(ついに、ここまで来た)

(中都包囲)

(金の首都が、モンゴルに囲まれている)

遼舜は、記録を続けた。

全てを、見届けるために。

歴史の証人として。


城内。

完顔遠理と耶律楚材が、作戦を練っていた。

「食料は、半年分あります」

耶律楚材が報告した。

「半年か」

完顔遠理が頷いた。

「それまでに、援軍が来るか」

「...難しいでしょう」

「だろうな」

完顔遠理が窓の外を見た。

モンゴル軍が、城を囲んでいる。

「ならば」

完顔遠理が覚悟を決めた。

「俺たちだけで、守り抜く」

「はい」

二人は、最後の戦いに臨んだ。


1213年の夏は、終わろうとしていた。

だが、中都の包囲は、これから長く続く。

遼舜は、遼海のことを思い出した。

(遼海...)

(お前が大きくなる頃)

(この戦は、どうなっているんだろう)

遼舜は、空を見上げた。

草原の空が、どこまでも広がっていた。

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