Ⅶ 奔流
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
別シリーズを完結させて安堵してたので、遅れました。
重ねて申し訳ありません。
1211年、春。
雪解けが始まった。
草原に緑が戻り始める。
そして、戦の季節が来た。
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オノン川のほとり。
十万の軍が集結していた。
モンゴル史上、最大の軍勢だった。
舜は、その光景を見て息を呑んだ。
「夥しい数だ…」
星歌も、言葉を失っていた。
見渡す限り、兵と馬。
旗が風にはためいている。
「これが、十万...」
舜が呟いた。
「十分すぎるよ」
星歌が答えた。
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中央の天幕。
チンギスが、将軍たちを集めていた。
「諸君」
チンギスが地図を広げた。
金の領土が描かれている。
「この戦は、長くなる」
「一年では終わらない。二年、三年、いや、それ以上かかるかもしれない」
将軍たちは黙って聞いている。
「だが、必ず勝つ」
チンギスの目が光った。
「金は強大だ。城は堅い。兵は多い」
「だが、奴らには弱点がある」
ボオルチュが前に出た。
「城に頼りすぎている」
「我らは草原の民だ。機動力がある」
ムカリが続けた。
「城を避け、野戦で戦えばいい」
「そうだ」
チンギスが頷いた。
「城は後回しだ。まずは野戦で金軍を撃破する」
スブタイが聞いた。
「目標は?」
「中都・燕京だ」
チンギスが地図の一点を指した。
「金の首都を脅かす。そうすれば、奴らは動揺する」
「ですが、中都は堅固です」
ジェベが言った。
「落とせるかどうか...」
「落とさなくていい」
チンギスが笑った。
「包囲するだけで十分だ」
「...!」
将軍たちが理解した。
「中都を包囲すれば、金は講和を求めてくる」
「そこで、賠償金を取る」
「それを繰り返せば、金は疲弊する」
チンギスの戦略が明かされた。
舜は横で記録を取りながら、感心していた。
(最初から滅ぼすつもりじゃない)
(消耗戦で、じわじわと追い詰める)
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「軍を三つに分ける」
チンギスが続けた。
「右翼は、ジョチとジェベ」
「はっ」
二人が頷いた。
「左翼は、チャガタイとスブタイ」
「はっ」
「中央は、俺とオゴデイとムカリ」
「はっ」
「ボオルチュは後方で兵站を統べろ」
「承知しました」
「舜と星歌も、ボオルチュと共に」
「はい」
舜と星歌が答えた。
「出陣は明日だ」
チンギスが立ち上がった。
「今夜は休め。明日から、長い戦いが始まる」
「はっ!」
全員が一斉に答えた。
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その夜。
舜と星歌は、二人でオノン川を見ていた。
月が、水面に映っている。
「明日から...」
星歌が呟いた。
「うん」
舜が頷いた。
「怖い?」
「...正直、怖い」
舜が答えた。
「俺たちは戦わない。でも、戦場には行く」
「人が死ぬところを、見ることになる」
「...」
「でも」
舜が星歌を見た。
「俺たちの役目だから」
「うん」
星歌が頷いた。
「記録者として」
「歴史の証人として」
二人は、しばらく黙っていた。
「舜」
「うん」
「怖くても、一緒にいれば大丈夫だよね」
「ああ」
舜が星歌の手を握った。
「一緒だから、大丈夫」
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翌朝。
十万の軍が、南へ向けて進軍を始めた。
馬蹄の音が、大地を震わせる。
旗が、風にはためく。
舜と星歌は、ボオルチュの部隊と共に進んだ。
「始まったな」
ボオルチュが呟いた。
「はい」
舜が答えた。
「金との戦が」
「ああ」
ボオルチュが前を見た。
「長い戦いになる」
「俺たちは、それを支える」
タリゲーンとアーチャイも、側にいた。
「舜殿、星歌殿」
タリゲーンが言った。
「後方とはいえ、危険はあります」
「気をつけてください」
アーチャイが続けた。
「はい」
二人が頷いた。
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数日後。
モンゴル軍は、金の国境を越えた。
見張りの砦が見える。
「敵だ!」
金兵が叫んだ。
だが、遅かった。
ジェベの矢が、彼を射抜いた。
「突破する!」
ジョチが叫んだ。
右翼軍が、砦を蹂躙した。
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報告が、中都に届いた。
「モンゴル軍が侵入しました!」
伝令が叫んだ。
「数は!」
将軍が聞いた。
「十万と...!」
宮廷がざわついた。
「十万だと!?」
「草原の部族が、そんな大軍を...」
章宗は、顔色を変えた。
「すぐに軍を出せ!」
「はっ!」
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金軍、五万が出陣した。
将軍は、完顔承裕。
熟練の武将だ。
「モンゴルなど、恐れるに足らん」
完顔承裕が言った。
「草原の野蛮人だ。我らの騎兵で蹴散らせばいい」
だが。
完顔遠理は、不安だった。
(十万...本当か?)
(もし本当なら、これは...)
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野戦場。
両軍が対峙した。
モンゴル十万。
金五万。
「突撃!」
完顔承裕が命じた。
金の騎兵が駆けた。
重装騎兵。
鎧に身を包んだ馬と兵。
大地が震える。
「来たな」
チンギスが冷静に言った。
「スブタイ」
「はっ」
「両翼から回り込め」
「承知」
スブタイが駆けた。
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金の騎兵が、モンゴルの中央に突っ込んだ。
だが。
モンゴル軍は、すぐに避けた。
「なに!?」
完顔承裕が驚いた。
その瞬間。
両翼から、モンゴル軍が襲いかかった。
矢の雨。
「ぐあっ!」
金兵が次々と倒れる。
「包囲されている!」
「退け!退け!」
完顔承裕が叫んだ。
だが、遅かった。
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日が暮れる頃。
金軍は壊滅していた。
五万のうち、三万が死傷した。
完顔承裕は、わずかな兵と共に逃げた。
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モンゴル軍の本陣。
舜と星歌は、負傷兵の手当てを手伝っていた。
「痛い...」
兵が呻いている。
星歌が傷口を洗い、布で縛る。
「大丈夫。もう少しの我慢」
舜は、戦果の記録を取っていた。
「金軍、五万のうち三万が死傷」
「モンゴル軍の損害は、千程度」
圧倒的な勝利だった。
だが。
舜は複雑な気持ちだった。
(三万人が、死んだ)
(俺の情報が、これを可能にした)
「舜」
ボオルチュが来た。
「殿が呼んでいる」
「はい」
舜は、チンギスの天幕に向かった。
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「舜」
チンギスが笑顔で迎えた。
「大勝利だ」
「...おめでとうございます」
「お前の情報のおかげだ」
チンギスが舜の肩を叩いた。
「完顔承裕の性格、金軍の戦術。全てお前が教えてくれた」
「...」
「どうした?浮かない顔だな」
チンギスが舜を見た。
舜は、迷った。
だが、正直に言った。
「...三万人が、死にました」
「そうだな」
「俺の情報が、それを...」
「舜」
チンギスが遮った。
「お前のせいではない」
「ですが...」
「戦は、人が死ぬ」
チンギスが窓の外を見た。
「それは、避けられない」
「だが、お前の情報が、モンゴル兵の命を救った」
「...」
「もしお前の情報がなければ、モンゴル兵も多く死んでいた」
チンギスが舜を見た。
「お前は、仲間を救ったんだ」
舜は、黙った。
だが、少し楽になった。
「ありがとうございます」
「礼はいらん」
チンギスが笑った。
「それより、次の作戦を考えろ」
「はい」
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その夜。
舜はゲルで、星歌と話していた。
「大丈夫?」
星歌が心配そうに聞いた。
「...うん」
舜が頷いた。
「考えすぎてた」
「そう」
星歌が舜の手を握った。
「私も、最初は怖かった」
「負傷兵の手当てをして、傷を見て」
「でも」
星歌が舜を見た。
「私がやらなきゃ、この人は死ぬって思ったら」
「怖くても、やれた」
「...」
「舜も同じだよ」
星歌が微笑んだ。
「舜の情報が、モンゴルの兵を救ってる」
「うん」
舜が頷いた。
「そうだよね」
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中都。
完顔承裕が、敗北の報告をしていた。
「十万のモンゴル軍に、包囲されました」
「我が軍は、壊滅です」
章宗は、青ざめていた。
「なんだと...」
「陛下」
完顔遠理が前に出た。
「すぐに、援軍を」
「ま、待て」
章宗が震えている。
「本当に、十万もいるのか?」
「間違いありません」
完顔承裕が答えた。
「原野を覆い尽くすほどの大軍でした」
章宗は、立ち上がれなかった。
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別室。
耶律楚材と完顔遠理が話していた。
「来ましたね」
耶律楚材が言った。
「ええ」
完顔遠理が頷いた。
「予想より早い」
「そして、強い」
「我らだけでも、動きましょう」
「はい」
二人は、密かに軍に加え、もっと詳細に情報を集め始めた。
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モンゴル軍は、さらに南下した。
城を避け、野を駆ける。
金軍が迎撃に出れば、包囲して撃破する。
城に籠もれば、無視して進む。
「殿の戦い方は、見事だな」
ボオルチュが舜に言った。
「城を攻めない」
「ええ」
舜が頷いた。
「時間がかかりますが、確実です」
「金は、城に頼りすぎている」
「野戦では、モンゴルに勝てない」
ボオルチュが笑った。
「お前も、戦が分かってきたな」
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数週間後。
モンゴル軍は、中都の近くまで迫った。
「見えたぞ」
チンギスが言った。
「中都だ」
巨大な城壁が見える。
高さは人六人分以上。
「あれを...攻めるのですか?」
オゴデイが聞いた。
「いや」
チンギスが首を振った。
「包囲するだけだ」
「包囲...?」
「ああ。城を囲んで、物資を断つ」
「そうすれば、金は講和を求めてくる」
チンギスが笑った。
「焦る必要はない」
---
モンゴル軍は、中都を包囲した。
城内は、混乱した。
「モンゴル軍が!」
「十万の大軍が、城を囲んでいる!」
章宗は、震えていた。
「ど、どうすれば...」
「陛下」
宰相が前に出た。
「講和を求めましょう」
「こ、講和...?」
「はい。賠償金を払い、撤退してもらうのです」
章宗は、迷った。
だが、他に選択肢がなかった。
「...分かった」
「講和の使者を送れ」
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数日後。
金の使者が、モンゴルの陣営に来た。
「チンギス様」
使者が頭を下げた。
「我が陛下より、講和の申し出です」
「ほう」
チンギスが笑った。
「条件は?」
「賠償金、金千斤、絹一万匹」
「そして、馬三千頭」
チンギスは、しばらく考えた。
そして、頷いた。
「よかろう」
「!」
使者が驚いた。
「本当ですか?」
「ああ。だが」
チンギスが続けた。
「これは、一時的な講和だ」
「...え?」
「また来る。覚悟しておけ」
チンギスが不敵に笑った。
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モンゴル軍は、賠償金を受け取って撤退した。
中都は、歓声に包まれた。
「勝った!」
「モンゴル軍が退いた!」
だが。
耶律楚材と完顔遠理は、喜んでいなかった。
「これは...一時的な撤退だ」
「ええ」
「また来る」
「その時こそ、本当の戦いになる」
二人は、準備を続けた。
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草原に戻る道中。
舜と星歌は、馬に乗っていた。
「終わったね」
星歌が言った。
「一応は」
舜が答えた。
「でも、また来年も戦がある」
「うん...」
二人は、黙った。
「舜」
「うん」
「私たち、いつまでここにいるんだろう」
「...分からない」
舜が正直に答えた。
「緑の本が、俺たちをここに連れてきた」
「でも、いつ帰れるかは...」
「...そっか」
星歌が寂しそうに笑った。
「でも」
舜が星歌を見た。
「帰れなくても、お前がいれば大丈夫」
「舜...」
星歌が顔を赤らめた。
「ありがとう」
二人は、手を繋いで進んだ。
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アウラガに戻った。
民衆が、出迎えた。
「殿が帰られた!」
「大勝利だ!」
チンギスが手を振る。
兵たちも、笑顔だった。
舜と星歌も、ほっとした。
(とりあえず、無事に帰れた)
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その夜。
チンギスが、ボオルチュと話していた。
「今回は、様子見だ」
「はい」
「金の強さを、確かめた」
チンギスが地図を見た。
「城は堅い。だが、野戦では勝てる」
「次は?」
「来年、また攻める」
チンギスが笑った。
「そして、再来年も」
「何度も繰り返すのですか」
「ああ。金を疲弊させる」
「そして、いつか」
チンギスの目が光った。
「中都を、落とす」
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1211年の戦いは、終わった。
だが、これは始まりに過ぎなかった。
金との戦は、これから何年も続く。
舜と星歌は、その全てを見届けることになる。
歴史の証人として。
記録者として。
そして、この時代を生きる者として。
草原の風が、二人を包んだ。
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