Ⅵ 嵐前
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
少し遅れました。申し訳ありません。
1207年、冬。
西夏を属国とした後、アウラガには束の間の静けさが訪れた。
だが、それは嵐の前の静けさだった。
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舜は、ゲルの中で地図を広げていた。
金の地図だ。
中都・燕京や開封といった大きな都市が記されている。
「舜」
星歌が入ってきた。
「まだ起きてたの?」
「ああ。金のことを調べてる」
舜が地図を指差した。
「城が多い。西夏とは違う」
「そうだね...」
星歌が隣に座った。
「次の戦は、大きくなる」
「ああ」
舜が頷いた。
「今までとは規模が違う」
二人は黙った。
窓の外では、雪が降っている。
「怖い?」
星歌が聞いた。
「...少し」
舜が正直に答えた。
「俺たちは戦わない。でも、見届けなきゃいけない」
「うん」
星歌が舜の手を握った。
「大丈夫。一緒だから」
舜が微笑んだ。
「ありがとう」
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翌朝。
チンギスが全将軍を集めた。
「諸君」
チンギスが地図を広げた。
金の地図だ。
「来年ではない。再来年でもない」
チンギスの声が響く。
「三年後だ。1211年、金を攻める」
将軍たちがざわついた。
「三年...?」
スブタイが聞いた。
「そうだ」
チンギスが頷いた。
「金は強大だ。準備が必要だ」
ボオルチュが前に出た。
「この三年で、何をするのですか」
「まず、軍を鍛える」
チンギスが答えた。
「西夏で戦い方は学んだ。だが、金はもっと強い」
「次に、情報を集める」
ボオルチュが続けた。
「金の城、軍、将軍。全てを知る」
「そして」
チンギスの目が光った。
「金を孤立させる」
「孤立...?」
「南宋と金は敵同士だ。我らが金を攻めれば、南宋は喜ぶはずだ」
チンギスが笑った。
「敵の敵は味方だ」
舜は横で記録を取りながら、感心していた。
(外交も考えている...)
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会議が終わった後。
チンギスが舜を呼んだ。
「舜」
「はい」
「お前に任せたいことがある」
「何でしょうか」
「金の情報をできる限り全て集めろ」
チンギスが真剣な顔をした。
「城の数、兵の数、将軍の名前。全てだ」
「...承知しました」
舜が頷いた。
「ボオルチュの七星を使ってもいい」
「はい」
「三年ある。急ぐな。正確にやれ」
「はい」
舜は、重責を感じた。
だが、同時に。
(俺が、金との戦の準備をする)
(これも、歴史への関与だ)
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南宋。臨安。
宮廷は混乱していた。
「韓侂胄を処刑しろ!」
大臣たちが叫んでいる。
「北伐の失敗は、全て韓侂胄のせいだ!」
「金に賠償金を払わねばならぬ!」
皇帝・寧宗は困惑していた。
かつて自分を擁立してくれた韓侂胄。
だが、北伐は失敗した。
「...やむを得ぬ」
寧宗が溜息をついた。
「韓侂胄を捕らえよ」
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数日後。
韓侂胄は処刑された。
その首は、金に送られた。
金への謝罪の印として。
屋敷の一角。
賈似道が微笑んでいた。
「やっと終わったか」
側近が言った。
「これで、我らの時代が来ますね」
「ああ」
賈似道が頷いた。
「韓侂胄は愚かだった。金を甘く見た」
「では、我らは?」
「何もしない」
賈似道が笑った。
「金とは戦わない。友好を保つ」
「ですが、それでは...」
「いいのだ」
賈似道が手を振った。
「我らは生き延びればいい」
側近は何も言えなかった。
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四川。
呉義が地図を見ていた。
部下が報告に来た。
「韓侂胄が処刑されました」
「そうか」
呉義が頷いた。
「予想通りだな」
「これで、朝廷は混乱します」
「ああ」
呉義が立ち上がった。
「だが、まだ動く時ではない」
「では、いつ?」
「もう少し待つ」
呉義が窓の外を見た。
「朝廷がもっと弱れば、我らが自立する」
「四川に国を、作るのですか」
「そうだ」
呉義が微笑んだ。
「南宋は腐っている。我らだけでも生き延びる」
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金。中都。
耶律楚材と完顔遠理が、密かに会っていた。
「韓侂胄が処刑されました」
完顔遠理が報告した。
「南宋は当分、動けないでしょう」
「それはいい」
耶律楚材が頷いた。
「だが、問題は北です」
「...モンゴル」
「ええ」
耶律楚材が地図を広げた。
「西夏を属国にした。次は我らです」
「朝廷は、まだ気づいていない」
完顔遠理が拳を握った。
「章宗陛下は、モンゴルを舐めている」
「我らだけでも、備えましょう」
「ですが、勝手に軍を動かせば...」
「構いません」
耶律楚材が真剣な顔をした。
「国が滅びるよりましです」
完顔遠理は黙った。
そして、頷いた。
「...分かりました」
二人は、密かに軍を動かす準備を始めることにした。
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一方、章宗は。
「南宋が謝罪してきたか」
宮廷で、満足そうに言った。
「韓侂胄の首も送ってきました」
側近が報告する。
「ふむ。南宋も分をわきまえたようだな」
章宗が笑った。
「これで、南は安泰だ」
「陛下、北のモンゴルは...」
「モンゴル?」
章宗が手を振った。
「所詮は草原の部族だ。何も恐れることはない」
側近は何も言えなかった。
耶律楚材と完顔遠理の危機感とは、対照的だった。
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1208年、春。
アウラガでは、訓練が続いていた。
兵たちが弓を射る。
馬が駆ける。
ケシクの兵士たちが、剣を振るう。
舜と星歌は、その様子を見ていた。
「すごいね」
星歌が呟いた。
「毎日、訓練してる」
「ああ」
舜が頷いた。
「三年後に備えて」
「金は...強いんだよね」
「史実では、モンゴルが勝つ」
舜が答えた。
「でも、簡単じゃない。何年もかかる」
「...」
「俺たちは、それを見届ける」
舜が星歌を見た。
「怖いけど、逃げられない」
「うん」
星歌が頷いた。
「一緒に、見届けよう」
二人は、手を繋いだ。
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ボオルチュの執務室。
舜が報告に来ていた。
「殿の命令で、金の情報を集めることになりました」
「ああ、聞いている」
ボオルチュが頷いた。
「七星を使ってくれ」
「ありがとうございます」
「一星、二星」
ボオルチュが呼んだ。
頭巾の男たちが現れた。
「舜殿に協力しろ。金の情報を集める」
「はっ」
二人が頷いた。
「舜」
ボオルチュが舜を見た。
「これは重要な任務だ」
「はい」
「お前の情報が、戦の勝敗を決める」
舜は背筋が伸びた。
「...全力でやります」
「期待している」
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その夜。
舜はゲルで、金の資料を整理していた。
人口、都市、軍の数。
全てが膨大だ。
「大変そうだね」
星歌が入ってきた。
「ああ...」
舜が頭を抱えた。
「金は大きすぎる」
「手伝おうか?」
「本当?」
「うん。二人の方が早いでしょ」
星歌が隣に座った。
「ありがとう」
舜が微笑んだ。
二人は、夜遅くまで作業を続けた。
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1208年、夏。
七星からの報告が届き始めた。
「中都の兵力、約五万」
「燕京の城壁、高さ人六人分」
「金の将軍、完顔遠理。騎兵戦術に優れる」
舜は全てを記録していく。
星歌が地図に印をつける。
少しずつ、金の全貌が見えてきた。
「すごいね」
星歌が呟いた。
「こんなに情報が集まるなんて」
「七星の力だ」
舜が答えた。
「彼らは、本当に優秀だ」
二人は、作業を続けた。
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1208年、秋。
チンギスが舜を呼んだ。
「進捗はどうだ」
「はい。かなり集まりました」
舜が報告書を差し出した。
チンギスは目を通した。
「...詳しいな」
「七星の力です」
「ふむ」
チンギスが頷いた。
「よくやった」
「ありがとうございます」
「だが、まだ足りない」
「...はい」
「もっと詳しく。将軍の性格、城の弱点。全てだ」
「承知しました」
舜は、再び作業に戻った。
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1209年。
二年目の冬。
アウラガでは、兵たちがさらに鍛えられていた。
ケシクの若者たちも、成長していた。
スブゲイは、もう一人前の弓兵になっていた。
バートルは、剣の腕を上げていた。
オゴデイも、将としての風格が出てきた。
「父上」
オゴデイがチンギスに言った。
「俺も、準備はできています」
「そうか」
チンギスが息子を見た。
「お前は成長したな」
「父上のおかげです」
「いや」
チンギスが首を振った。
「お前自身の力だ」
オゴデイは、嬉しそうに頷いた。
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1210年、春。
三年目に入った。
舜の報告書は、分厚くなっていた。
金の全ての情報が、そこにあった。
「完成しました」
舜がチンギスに報告した。
チンギスは、じっくりと読んだ。
何時間もかけて。
そして、顔を上げた。
「...素晴らしい」
「ありがとうございます」
「これがあれば、勝てる」
チンギスが微笑んだ。
「舜、お前のおかげだ」
舜は、胸が熱くなった。
(俺が...歴史を作る手助けをしている)
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1210年、冬。
最後の冬が来た。
チンギスが、全軍を集めた。
「諸君」
チンギスの声が響く。
「来春、我らは金を攻める」
兵たちが静まり返った。
「金は強大だ。だが、恐れるな」
「我らには、三年の準備がある」
「我らには、草原の力がある」
「我らには、勝利への意志がある」
チンギスが剣を抜いた。
「父の仇を討つ!」
「おおおおお!」
兵たちが叫んだ。
その声が、草原に響いた。
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舜と星歌は、その様子を見ていた。
「始まるね」
星歌が呟いた。
「ああ」
舜が頷いた。
「史上最大の戦が」
二人は、空を見上げた。
雪が、静かに降っていた。
だが、春はすぐそこまで来ていた。
嵐の春が。
血と鉄の春が。
歴史を変える、春が。
1211年の戦いへ向けて。
全てが、動き出そうとしていた。
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