Ⅴ 震撼
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
1207年、秋。
西夏が属国となった報は、各地へ伝わった。
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金。中都。
耶律楚材が、急いで宮廷に向かっていた。
手には、商人からもたらされた報告書がある。
「遠理殿」
完顔遠理を見つけた。
「楚材か。どうした」
「これを」
耶律楚材が書類を差し出した。
完顔遠理は目を通した。
顔色が変わった。
「...西夏が、属国に?」
「はい」
「いつだ」
「一週間前です」
耶律楚材が答えた。
「モンゴル軍が侵攻し、わずか数ヶ月で中興府を陥落させたと」
完顔遠理は、書類を握りしめた。
「数ヶ月...」
「はい」
「西夏は、二十年は持つと思っていた」
完顔遠理が呟いた。
「それが、一年足らずで...」
二人は、顔を見合わせた。
「すぐに、陛下に報告を」
完顔遠理が言った。
「はい」
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だが、章宗は動じなかった。
「西夏か」
報告を聞いても、興味なさそうだった。
「所詮は辺境の小国だ」
「ですが、陛下」
完顔遠理が進言した。
「モンゴルは、確実に強大化しています」
「西夏を属国にした以上、次は...」
「次は何だ」
章宗が遮った。
「我が金だと言いたいのか」
「...はい」
「馬鹿な」
章宗が笑った。
「モンゴルなど、所詮は遊牧民だ」
「我が金の精強な軍の敵ではない」
完顔遠理は、何も言えなかった。
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退出した後。
「陛下は...分かっておられない」
完顔遠理が拳を握った。
「どうなさいますか」
耶律楚材が聞いた。
「我らだけでも、備える」
完顔遠理が答えた。
「北の国境を固める」
「城壁を補強し、兵を増やす」
「朝廷の許可なく?」
「構わん」
完顔遠理の目が鋭かった。
「国を守るためだ」
耶律楚材は頷いた。
「お手伝いします」
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南宋。臨安。
韓侂胄は、権力を失いつつあった。
開禧北伐の失敗で、朝廷からの信頼を失っていた。
「宰相殿」
賈似道が訪ねてきた。
「何の用だ」
韓侂胄が不機嫌に言った。
「北の情報です」
賈似道が書類を差し出した。
「モンゴルが、西夏を属国にしたと」
「...何?」
韓侂胄が書類を奪い取った。
読む。
顔が青ざめた。
「わずか数ヶ月で...」
「はい」
賈似道が頷いた。
「モンゴルは、予想以上に強大です」
韓侂胄は、椅子に座り込んだ。
「俺は...間違っていたのか」
「金が弱っていると思った」
「だが...」
賈似道は、内心で笑っていた。
(もう、終わりだな)
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数日後。
韓侂胄は、宮廷から解任された。
「韓侂胄を罷免する」
皇帝の命令が下った。
「開禧北伐の失敗の責任を取らせる」
韓侂胄は、屋敷に軟禁された。
そして、年が明ける前に。
暗殺された。
賈似道は、その報を聞いて笑った。
「ようやく、邪魔者が消えた」
だが、彼もまだ権力を握れたわけではなかった。
朝廷は混乱していた。
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四川。
呉義は、韓侂胄暗殺の報を受けた。
「ついに、か」
「将軍、どうなさいますか」
部下が聞いた。
「動く」
呉義が立ち上がった。
「朝廷は混乱している」
「今こそ、四川を独立させる時だ」
部下の目が輝いた。
「承知しました」
呉義は、密かに準備を始めた。
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西遼。虎思斡耳朶。
耶律直魯古が、報告を受けていた。
「モンゴルが、西夏を属国にした?」
「はい」
楊安仁が頷いた。
「わずか数ヶ月で」
耶律直魯古は、しばらく黙っていた。
そして。
「...思ったより、早い」
「はい」
「だが、まだ余裕はある」
耶律直魯古が地図を見た。
「彼らの次の標的は、金だ」
「我らではない」
楊安仁も頷いた。
「そうですね」
「だが」
耶律直魯古が真剣な顔をした。
「金が倒れた後、必ず来る」
「備えを怠るな」
「はい」
その時、グチュルクが入ってきた。
「陛下」
「グチュルクか」
「モンゴルの件、聞きました」
グチュルクが焦った様子で言った。
「次は、我らを攻めてくるのでは」
「ない」
耶律直魯古が断言した。
「彼らは、まず金を攻める」
「ですが...」
「グチュルク」
耶律直魯古がグチュルクを見た。
「お前は、ホラズムとの国境を守れ」
「それが、お前の任務だ」
グチュルクは不満そうだったが、従った。
「...承知しました」
グチュルクが去った後。
「陛下、彼は...」
楊安仁が心配そうに言った。
「分かっている」
耶律直魯古が頷いた。
「彼は、野心を持っている」
「だからこそ、遠ざけている」
「都から離れていれば、余計なことはできない」
楊安仁は感心した。
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ホラズム。サマルカンド。
アラーは、東の噂を耳にしていた。
「モンゴル?」
「はい」
臣下が答えた。
「西夏という国を、属国にしたそうです」
「...聞いたこともない」
アラーが鼻で笑った。
「そんな辺境の小国のことなど、どうでもいい」
「俺は、西遼を狙っている」
「あちらの方が、よほど価値がある」
臣下は、何も言わなかった。
アラーは、モンゴルを過小評価していた。
それが、後に致命的な過ちとなる。
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アウラガ。
チンギスは、将軍たちを集めていた。
「西夏を属国にした」
「次は、金だ」
将軍たちが頷いた。
「だが、すぐには攻めない」
チンギスが続けた。
「金は、南宋に勝ったばかりだ」
「士気も高い」
「ならば、どうします」
ボオルチュが聞いた。
「準備をする」
チンギスが答えた。
「兵を鍛え、馬を養う」
「そして、金の内情を探る」
「いつ、攻めますか」
ムカリが聞いた。
「四年後だ」
チンギスが宣言した。
「四年後に、金を攻める」
将軍たちは、頷いた。
舜と星歌は、その会議を記録していた。
舜が呟いた。
「あと四年」
「準備期間だね」
星歌が言った。
「うん」
舜は、地図を見つめた。
金は、巨大だ。
西夏とは比較にならない。
「大丈夫かな...」
「大丈夫だよ」
星歌が舜の手を握った。
「殿は、天才だから」
「それに」
星歌が笑った。
「私たちもいる」
舜は、星歌を見た。
そして、笑った。
「...そうだな」
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その夜、チンギスが舜を呼んだ。
「舜」
「はい」
「お前の策は、見事だった」
「ありがとうございます」
「だが」
チンギスが真剣な顔をした。
「次は、もっと難しい」
「金は、西夏の比ではない」
「人口も多く、城も堅固だ」
「...はい」
「お前の知恵が、必要だ」
チンギスが舜の肩を掴んだ。
「力を貸してくれ」
舜は、深く頭を下げた。
「はい」
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舜が去った後。
チンギスは、一人で地図を見ていた。
金。
広大な領土。
無数の城。
「父上...」
チンギスが呟いた。
「ようやく、仇を討てます」
イエスゲイを毒殺したのは、タタルだった。
だが、タタルを使っていたのは、金だ。
「必ず、倒す」
チンギスの目が、燃えていた。
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1207年が終わろうとしていた。
西夏が属国となり、各国が動揺していた。
金は、北の脅威を感じながらも、朝廷は動かなかった。
南宋は、韓侂胄を失い、混乱していた。
西遼は、モンゴルの次の標的が金だと見ていた。
ホラズムは、モンゴルを軽視していた。
そして、モンゴルは。
四年後の、金侵攻に向けて、準備を始めていた。
舜と星歌も、その準備に関わることになる。
歴史は、新たな段階へ進もうとしていた。
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