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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
建国紀

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28/39

Ⅲ 初陣

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1206年、冬。

雪が降る中、出陣の準備が進められていた。

厩では馬に餌が与えられ、鍛冶場では矢じりが作られていた。

兵たちは弓の手入れをし、剣を研いでいた。

舜と星歌は、物資の記録を取っていた。

「矢が三万本」

「食料は二月分」

「馬は予備を含めて四千頭」

星歌が数字を読み上げ、舜が記録していく。

「足りるかな」

「分からない」

舜が首を振った。

「でも、これが全力だ」


---

オゴデイは、自室で鎧を着ていた。

初めて身につける戦装束だ。

重い。

動きにくい。

「兄上たちは、これを着て戦ったのか」

オゴデイが呟いた。

その時、扉が開いた。

ジョチとチャガタイだ。

「オゴデイ」

ジョチが声をかけた。

「兄上」

「初陣、か」

チャガタイが言った。

「緊張しているだろう」

「...はい」

オゴデイが正直に答えた。

「怖いです」

ジョチが笑った。

「当然だ。俺も最初は怖かった」

「本当ですか」

「ああ」

ジョチが頷いた。

「血を見るのも、人を殺すのも、初めてだった」

「だが」

チャガタイが続けた。

「やらなければ、殺される」

「それが戦だ」

オゴデイは黙っていた。

「オゴデイ」

ジョチがオゴデイの肩を掴んだ。

「お前は優しすぎる」

「だが、それは弱さではない」

「戦場では、その優しさを忘れろ」

「生き延びることだけを考えろ」

「...はい」

オゴデイが頷いた。


---

出陣の朝。

全軍が集結していた。

三万騎。

整然と並んでいる。

チンギスが馬上から見渡した。

「諸君」

その声が響いた。

「今日から、西夏を攻める」

「この遠征は、試しだ」

「西夏の力を測り、弱点を探る」

兵たちが頷いた。

「だが、油断するな」

チンギスの声が厳しくなった。

「敵も必死だ。命をかけて抵抗してくる」

「気を引き締めろ」

「はっ!」

全員が答えた。


---

軍が動き出した。

南へ。

西夏へ。

舜と星歌も、軍に同行していた。

二人は荷馬車に乗っている。

「また戦場だね」

星歌が不安そうに言った。

「ああ」

舜も頷いた。

「でも、今度は違う」

「違う?」

「俺たちが、策を出すんだ」

舜が真剣な顔をした。

「ただ見てるだけじゃない」

星歌は黙っていた。


---

十日後。

モンゴル軍は、西夏の国境に到着した。

見張り塔が見える。

西夏の兵たちが、慌てて城内に逃げ込んだ。

「殿」

スブタイが報告した。

「敵は城に籠もっています」

「数は?」

「およそ千」

「ならば、囲め」

チンギスが命じた。

「補給を断て」

「はっ」


---

オゴデイは、初めて敵の城を見た。

高い城壁。

その上に、兵たちが並んでいる。

弓を構えている。

「あれと、戦うのか」

オゴデイが呟いた。

「そうだ」

隣にいたムカリが答えた。

「怖いか?」

「...はい」

「それでいい」

ムカリが頷いた。

「怖がらない者は、死ぬ」

「恐怖を感じるから、注意深くなる」

「それが、生き延びる秘訣だ」

オゴデイは、ムカリの言葉を胸に刻んだ。


---

包囲が始まった。

モンゴル軍は城を取り囲んだ。

だが、攻めない。

ただ、待つ。

三日が経った。

城内から、一人の兵が脱出を試みた。

矢が飛んだ。

ジェベの矢だ。

兵は馬から落ちた。

「見事だ」

チンギスが呟いた。

オゴデイは、その光景を見ていた。

人が死んだ。

初めて見る、戦場での死。

吐き気がした。

だが、堪えた。


---

五日目。

城門が開いた。

西夏の将が、白旗を持って出てきた。

「降伏します」

将が跪いた。

「食料が尽きました」

「...」

チンギスは、将を見下ろした。

「城内の民は?」

「無事です」

「ならば、許す」

チンギスが言った。

「武器を捨て、城を明け渡せ」

「ありがとうございます」

将が頭を下げた。

モンゴル軍が城内に入る。

オゴデイも、初めて占領した城を見た。

民たちが怯えている。

子供が泣いている。

「略奪はするな」

チンギスの命令が響いた。

「民を傷つけるな」

兵たちは従った。

オゴデイは、ほっとした。


---

その夜、オゴデイは父に呼ばれた。

「オゴデイ」

「はい、父上」

「初陣は、どうだった」

「...怖かったです」

オゴデイが正直に答えた。

「人が死ぬのを見て、吐きそうになりました」

チンギスは笑った。

「それでいい」

「...え?」

「お前は、優しい」

チンギスがオゴデイの頭を撫でた。

「それは、良いことだ」

「ジョチやチャガタイとは違う」

「お前は、民を思いやることができる」

「だが」

チンギスの目が真剣になった。

「戦場では、それを封じろ」

「生き延びることが、最優先だ」

「...はい」

オゴデイが頷いた。


---

モンゴル軍は、さらに南下した。

次の城、また次の城。

いくつもの城を囲んだ。

ある城は降伏した。

ある城は抵抗した。

抵抗した城は、攻め落とされた。

オゴデイは、その全てを見た。

血が流れるのを見た。

悲鳴を聞いた。

だが、次第に慣れていった。

それが、怖かった。


---

二月が経った。

モンゴル軍は、十の城を落とした。

だが、チンギスは深追いしなかった。

「ここまでだ」

ある日、チンギスが撤退を命じた。

「殿、なぜですか」

スブタイが聞いた。

「まだ、中興府まで行けます」

「いや」

チンギスが首を振った。

「今回は、様子見だ」

「西夏の力を測った。それで十分だ」

「...承知しました」


---

軍は、アウラガへ戻り始めた。

帰路は、行きよりも遅い。

戦利品を運んでいるからだ。

絹、金銀、穀物。

大量の物資が、馬車に積まれている。

舜と星歌は、それを記録していた。

「すごい量だね」

星歌が呟いた。

「ああ」

舜も頷いた。

「でも、これだけじゃ足りない」

「え?」

「西夏を本当に支配するには、もっと必要だ」

舜が真剣な顔をした。

「今のままでは、毎年遠征しなければならない」

「それは...」

「非効率だ」

舜が呟いた。


---

アウラガに戻った。

民衆が出迎えた。

「殿が帰られた!」

「勝ったぞ!」

歓声が上がる。

オゴデイも、無事に帰還した。

ボルテが息子を抱きしめた。

「よく帰った」

「母上...」

オゴデイの目に、涙が浮かんだ。


---

その夜、軍議が開かれた。

「今回の遠征は、成功だった」

ボオルチュが報告した。

「十の城を落とし、多くの物資を得た」

将軍たちが頷いた。

「だが」

チンギスが言った。

「これで終わりではない」

「来年も、また行く」

「再来年も」

将軍たちが顔を見合わせた。

「殿、それは...」

ムカリが言いかけた。

その時。

「お待ちください」

舜が立ち上がった。

場が静まり返った。

「舜か」

チンギスが見た。

「何か?」

「はい」

舜が前に出た。

「毎年遠征するのは、非効率です」

「...」

「馬も兵も損耗します」

「物資も大量に必要です」

舜が続けた。

「ならば、一気に攻めるべきです」

「一気に?」

ボオルチュが聞いた。

「そうです」

舜が頷いた。

「西夏を完全に屈服させ、属国にする」

「それができれば、毎年遠征する必要はありません」

将軍たちがざわついた。

「だが」

ジェベが言った。

「城攻めは、我らの苦手とするところだ」

「一つ一つ落としていけば、時間がかかる」

「その通りです」

舜が認めた。

「ですが、方法はあります」

「方法?」

チンギスが興味を示した。

「言ってみろ」

舜は深呼吸した。

そして、言った。

「内応です」

「...内応?」

「はい」

舜が頷いた。

「西夏には、降伏した将がいます」

「趙元か」

「彼を使うのか」

ボオルチュが言った。

「そうです」

舜が地図を広げた。

「趙元は、西夏の内情を知っています」

「彼に、城門を開かせるのです」

「裏切らせる、と?」

「いえ」

舜が首を振った。

「もう、彼は殿に仕えています」

「ならば、それは任務です」

チンギスは、しばらく黙っていた。

そして。

「面白い」

笑った。

「舜、お前の策を採用する」

「...!」

舜が驚いた。

「次の遠征は、お前の策で行う」

チンギスが宣言した。

「準備しろ。夏には、再び西夏を攻める」

「はっ!」

舜が跪いた。


---

会議が終わった後。

星歌が舜に駆け寄った。

「舜、すごいよ!」

「...ああ」

舜は、まだ実感がなかった。

「俺が、策を出した」

「うん」

「歴史を...変えるかもしれない」

舜の手が震えていた。

星歌が、その手を握った。

「大丈夫」

「私が、一緒にいるから」

「...ありがとう」

舜が星歌を抱きしめた。


---

中興府。

李安全は、モンゴル軍撤退の報を受けた。

「撤退した...?」

「はい」

臣下が答えた。

「十の城を落とし、物資を奪って帰りました」

李安全は拳を握った。

「また来そうか」

「...おそらく」

「くそっ」

李安全が叫んだ。

「どうすればいい」

「軍は弱い、民の支持もない」

「このままでは...」

臣下は何も言えなかった。

西夏の終わりが、近づいていた。


---

アウラガ。

舜は、一人で地図を見ていた。

西夏の城々。

街道。

河川。

全てを頭に叩き込む。

「舜」

チンギスが来た。

「殿」

「お前、本当にやれるのか」

チンギスが聞いた。

「...分かりません」

舜が正直に答えた。

「でも、やります」

「...」

「俺がここに来た」

舜がチンギスを見た。

「理由は分からない」

「でも、きっと何か意味がある」

「だから、全力でやります」

チンギスは、舜の肩を叩いた。

「頼んだぞ」


---

冬が去り、春が来ようとしていた。

第二次西夏遠征の準備が、始まっていた。

舜の策が、試される時が来る。

歴史が、動き出そうとしていた。

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