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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
飛躍へと

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24/39

Ⅳ 失陥

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

中興府。

李純祐は寝台に横たわっていた。

窓から差し込む光が眩しい。だが、体を起こす気力がなかった。

「陛下」

侍医が入ってきた。

「薬を」

苦い薬を飲まされる。何の効果もない。李純祐は分かっていた。

自分の体は、もう限界に近づいている。

二十代半ば。本来なら最も充実した年齢のはずだった。だが、病が彼を蝕んでいた。

「陛下、太后様がお越しになられました」

李純祐は顔をしかめた。

母后だ。また政務の話だろう。

「通せ」


---

太后が入ってきた。五十を過ぎているが、まだ気力は衰えていない。

「純祐」

名を呼ぶ。皇帝への礼もない。

「母上」

李純祐が弱々しく答えた。

「北の国境から報告が来ています」

太后が書簡を差し出した。

「モンゴル軍が動いたと」

李純祐は書簡を受け取った。だが、読む気力がなかった。

「どうなさるおつもりですか」

太后が問い詰める。

「...兵を、送ります」

「どれだけの兵を?誰を将とするのです?」

李純祐は答えられなかった。

軍のことは分からない。詩文や仏典なら分かるが、戦のことは。

「やはり」

太后が溜息をついた。

「私が決めましょう」

「母上...」

「あなたには無理です」

太后が立ち上がった。

「李安全を呼びなさい」

「李安全を...?」

李純祐が驚いた。

李安全は従兄弟だ。武勇に優れ、軍にも人気がある。だが、野心も強い。

「彼なら、モンゴルと戦えます」

太后が断言した。

「ですが...」

「他に誰がいるのです」

太后の声が冷たい。

李純祐は何も言えなかった。


---

李安全が参内した。

三十代。がっしりとした体格。鋭い目をしている。

「陛下」

李安全が跪いた。

だが、その目には敬意がない。李純祐にはそれが分かった。

「李安全」

太后が言った。

「北のモンゴル軍を迎え撃て」

「承知しました」

李安全が即答した。

「兵は二万。甘州の守備兵と合わせれば二万5千になる」

「それで足りるか」

「十分です」

李安全が自信ありげに言った。

「モンゴルなど、所詮は野蛮な遊牧民。我が西夏の精兵の敵ではありません」

李純祐は不安だった。

だが、何も言えなかった。

「では、すぐに出陣せよ」

太后が命じた。

「はっ」

李安全が退出した。


---

李安全が去った後。

太后が李純祐を見た。

「純祐」

「はい」

「あなたは帝として弱すぎます」

冷たい声だった。

「もし、このままでは...」

太后は言葉を切った。

だが、李純祐には分かった。

母は、自分を見限ろうとしている。

「...申し訳ありません」

李純祐が謝った。

太后は何も言わず、部屋を出て行った。


---

一人になった李純祐は、窓の外を見た。

青い空。雲海が悠々と泳ぐように見える。

美しい景色だった。

だが、自分にはもう、何もできない。

国を守ることも。

民を救うことも。

「父上...」

李純祐が呟いた。

父も、病弱だった。だから早くに亡くなった。

自分も同じ道を辿るのだろうか。

李純祐は目を閉じた。

涙が流れた。


---

甘州。

城壁の上で、守将の趙元が北を見ていた。

地平線に、黒い影が見える。

それが次第に大きくなっていく。

「来たか」

趙元昊が呟いた。

モンゴル軍だ。

数千騎。整然と並んでいる。

「将軍」

部下が声をかけた。

「敵の数は?」

「およそ七千と見られます」

「こちらは?」

「城内に三千。李安全将軍の援軍が二万」

趙元は頷いた。

数では優位だ。

だが。

「あの軍は...」

趙元が呟いた。

モンゴル軍の動きを見ていた。無駄がない。統制が取れている。

これは、ただの遊牧民ではない。


---

モンゴル軍が止まった。

城から五百歩ほどの距離だ。

一人の男が馬から降りた。

テムジンだ。

「あれが...モンゴルの首領か」

趙元は見つめた。

テムジンは城壁を見上げている。

そして、何かを指示した。

兵たちが動き始めた。

「何をする気だ」

趙元昊が警戒した。


---

モンゴル軍は攻めてこなかった。

ただ、城を囲んだ。

東西南北、全ての方向から。

「囲むだけか」

趙元昊が訝しんだ。

「将軍、これは...」

部下が言った。

「補給を断つつもりです」

「何?」

「城を攻めず、ただ囲む。食料が尽きるのを待つのです」

趙元昊は歯噛みした。

「騎兵で囲むとは、前代未聞ぞ」

しかし、城内の食料は、三ヶ月分しかない。

「李安全将軍の援軍は?」

「まだ、中興府を出たばかりです。到着まで十日はかかります」

「...十日か」

趙元昊は拳を握った。

それまで、持ちこたえなければならない。


---

モンゴル軍の陣営。

テムジンが地図を見ていた。

「甘州の守備兵は五千」

ボオルチュが報告した。

「援軍は?」

「中興府から二万。だが、まだ遠い」

「ならば、問題ない」

テムジンが頷いた。

「城を囲み続けろ。誰も出すな、誰も入れるな」

「はっ」


---

舜と星歌は、陣営の隅にいた。

「舜」

星歌が不安そうに言った。

「これから、どうなるの?」

「囲んで、待つだけだ」

舜が答えた。

「攻めないの?」

「ああ。攻城戦は損害が大きい。だから、飢えさせる」

「...それって」

星歌が言葉を詰まらせた。

「残酷だね」

舜は何も言えなかった。

戦とは、そういうものだ。


---

三日が経った。

城内では、焦りが広がっていた。

「援軍はまだか」

兵たちが不安そうに言っている。

「あと一週間はかかる」

「一週間も...」

趙元は城壁の上を歩いていた。

モンゴル軍は、微動だにしない。

ただ、囲んでいるだけ。

だが、それが恐ろしかった。


---

五日目。

城内から、一人の兵が脱出を試みた。

だが、すぐに矢を射られた。

こちらの弓は正確だった。

その遺体は、城門の前に放置された。

見せしめだ。

兵たちの士気が下がった。


---

七日目。

李安全の援軍が、ようやく見えてきた。

二万の大軍。

趙元昊は安堵した。

「ついに来た」

だが。

モンゴル軍は動かなかった。

李安全の軍が近づいても、囲みを解かない。

「何を考えている」

李安全が苛立った。

「将軍、どうします」

副将が聞いた。

「攻める」

李安全が命じた。

「モンゴル軍を蹴散らし、甘州を救う」

「はっ」

西夏軍が突撃した。

二万の兵が、モンゴル軍に向かって駆ける。

だが。

モンゴル軍は巧みに退いた。

そして、弓を放った。

矢の雨が降る。

西夏軍の先頭が崩れた。

「何だ、あの動きは」

李安全が驚いた。

モンゴル軍は、攻撃と撤退を繰り返す。

決して正面からぶつからない。

「卑怯な...」

李安全が叫んだ。

だが、戦は続いた。


---

日が暮れた。

西夏軍は、疲弊していた。

死傷者は動けないものも入れてなんと三千を超えた。

だが、モンゴル軍の損害は軽微だった。

「くそっ...」

李安全が拳を握った。

「将軍、一旦退きましょう」

副将が進言した。

「退く?」

「このままでは擦り潰され、全滅します」

李安全は歯噛みした。

だが、認めざるを得なかった。

「...退却する」


---

西夏軍が退いた。

モンゴル軍は追わなかった。

ただ、甘州を囲み続けた。

城内では、絶望が広がっていた。

「援軍が...負けた」

兵たちが呟いた。

趙元は黙っていた。

もう、終わりだ。


---

十日目。

城門がすべて開いた。

降伏だ。

趙元が城門から出てきた。

テムジンの前に跪いた。

「我らは降伏します」

「...」

テムジンは趙元昊を見た。

「城内の民を傷つけるな。それが条件だ」

趙元が言った。

テムジンは頷いた。

「約束する」

甘州は陥落した。

モンゴル軍が城内に入った。

だが、略奪はなかった。

テムジンの命令は徹底していた。

民は怯えながらも、無事だった。


---

舜と星歌は、城内を歩いていた。

記録を取るためだ。

「人口は...」

舜が数えていく。

「建物の数は...」

星歌も記録していく。

民たちが、二人を不思議そうに見ていた。


---

その夜、テムジンが趙元を呼んだ。

「お前は勇敢だった」

「...恐れ入ります」

「だが、李純祐は弱い」

テムジンが言った。

「あいつは、もう長くない」

趙元は黙っていた。

「次は誰が立つ」

「...おそらく、李安全かと」

「李安全か」

テムジンが興味深そうに聞いた。

「あの男は、野心家だな」

「はい」

「ならば」

テムジンが笑った。

「いずれ、また会うことになる」


---

中興府。

李純祐に、甘州陥落の報が届いた。

彼は何も言わなかった。

ただ、空を仰いだ。

太后は冷たく見ていた。

李安全は、拳を握りしめていた。

西夏は、終わりの始まりを迎えていた。

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