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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
飛躍へと

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23/42

Ⅲ 静謐と鳴動

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

ジャムカは死んだ。

遺体は彼と結局共に玉砕した配下と共に、バイカル湖を望む丘に葬られた。墓標はない。ただ、石が一つ置かれただけだった。

テムジンは三日三晩、その丘から動かなかった。

舜はその姿を遠くから見ていた。背中が小さく見えた。草原を統べる者の孤独を、舜は初めて理解した気がした。


---

春も半ばを過ぎた頃、軍はアウラガへ戻った。

兵たちは疲れていた。戦はなかったが、半月の行軍は馬を消耗させる。

「まず馬を休ませろ」

テムジンの最初の命令はそれだった。

「草を食わせ、水を飲ませろ。一月は遠征に使うな」

ボオルチュが各部隊に伝令を飛ばす。兵たちはほっとした表情で厩へ向かった。

舜と星歌も自分たちの馬を労った。

「ガルザル、お疲れ」

星歌が馬の首を撫でる。馬は疲れた様子で鼻を鳴らした。

「ダライも疲れてるな」

舜も自分の馬に水を汲んでやる。二頭とも、草を貪るように食べ始めた。


---

その夜、舜は一人でゲルの外に立っていた。

星が見えた。同じ星空を、日本でも見ていた。だが、ここで見る星は何か違って見えた。

「舜」

星歌が出てきた。

「ああ」

「眠れないの?」

「少し」

二人は並んで空を見上げた。

「ジャムカ...かわいそうだったね。

星歌が小さく言った。

「ああ」

舜は頷いた。

「でも、仕方なかったのかもしれない」

「仕方ない...か」

星歌が繰り返した。

「私たち、何を見てるんだろうね」

「歴史だよ」

舜が答えた。

「教科書に載ってる歴史じゃない。本物の、人が生きて死ぬ歴史」

星歌は黙っていた。

しばらくして、ぽつりと言った。

「怖い」

「俺もだ」

舜が正直に答えた。

「でも、見届けないといけない」

「...うん」


---

翌朝、ボオルチュが二人を呼んだ。

「各国の情報を整理しろ」

机の上には、各地からの報告が山積みになっていた。

西夏、金、西遼、南宋。それぞれの使者や商人からもたらされた情報だ。

「まず西夏から」

舜が報告書を手に取った。

李純祐の病状が悪化している。政務を執れる日が減っている。軍の士気も低い。

「次、金」

星歌が別の報告を読み上げた。

章宗は相変わらず詩文、芸術に耽溺している。宰相と尚書が権力争いを続けている。北方への警戒は緩い。

「西遼は?」

舜がまた別の書簡を開いた。

耶律直魯古は健在。楊安仁との連携で国を何とか保っている。グチュルクはホラズムとの国境に配置された。

「南宋」

星歌が最後の報告に目を通した。

韓侂胄が北伐を計画している。だが、将軍たちの意見は割れている。呉義は四川で独自の動きを見せている。


---

「どう思う?」

ボオルチュが二人に聞いた。

舜と星歌は顔を見合わせた。

「...西夏が一番弱いです」

舜が答えた。

「皇帝が病気で、軍も弱い。攻めやすいかと」

「金は?」

「内部で揉めてます。でも、まだ軍は強いはずです」

星歌が補足した。

「人口も多いし、城も堅固です。西夏よりは時間がかかると思います」

ボオルチュは頷いた。

「殿もそう考えている」

「では...」

「まず西夏だ」

ボオルチュが地図を広げた。

「西夏を抑えれば、交易路を握れる。金への道も開ける」

舜は地図を見つめた。中興府、甘州、涼州。西夏の主要都市が記されている。

「いつですか?」

「もうすぐだ」

ボオルチュが答えた。

「馬が回復したら、すぐに動く」


---

一月が経った。

草原には緑が戻り、馬たちも元気を取り戻していた。

テムジンが全軍を集めた。

「聞け」

その声は、ジャムカを葬って以来、初めて力強さを取り戻していた。

「これより、西夏を攻める」

兵たちが静まった。

「西夏は豊かだ。絹も、穀物も、金銀も豊富にある」

「それを、我らのものにする」

テムジンの目が光った。

「ただし」

声が厳しくなった。

「略奪は許さん。降伏した者は殺すな。抵抗した者だけを討て」

「はっ!」

兵たちが答えた。


---

作戦会議が開かれた。

テムジン、ボオルチュ、ムカリ、スブタイ、ジェベ。主だった将軍が集まっている。

舜と星歌も、記録係として同席していた。

「まず、甘州を攻める」

テムジンが地図を指差した。

「ここを落とせば、西夏の北部が我らの手に落ちる」

「抵抗は?」

スブタイが聞いた。

「激しくはないだろう」

ボオルチュが答えた。

「西夏の軍は、ここ十年で弱体化している」

「では、すぐに落とせますか」

ジェベが確認した。

「分からん」

テムジンが首を振った。

「城壁は高い。攻城戦は得意ではない」

「では、どうします」

「囲んで、飢えさせる」

テムジンが冷徹に言った。

「補給を絶ち、降伏を待つ」

将軍たちは頷いた。

舜は、その会話を黙って記録していた。


---

会議が終わった後、舜と星歌は二人きりになった。

「舜」

「うん」

「これから...戦場に行くんだよね」

星歌が不安そうに言った。

「ああ」

「怖い?」

「怖い」

舜は正直に答えた。

「でも、行くしかない」

「...私も」

星歌が拳を握った。

「一緒に行く」

「ああ」

二人は頷き合った。


---

出陣の三日前。

舜は市場を歩いていた。

商人たちが品物を並べている。だが、どこか落ち着かない様子だった。

「また戦か」

一人の商人が呟いた。

「西夏に行くらしいな」

「そうらしい」

別の商人が答えた。

「儲かるのか?」

「分からん。だが、危険なのは確かだ」

舜はその会話を聞いて、立ち止まった。

戦とは、兵だけのものではない。商人も、民も、皆が巻き込まれる。


---

その夜、テムジンに呼ばれた。

「舜」

「はい」

「お前に、特別な役目を与える」

「何でしょうか」

「占領した都市で、記録を残せ」

テムジンが真剣な顔をした。

「人口、物資、建物。全てを記録しろ」

「...なぜですか」

「統治するためだ」

テムジンが答えた。

「ただ奪うだけでは、意味がない。統治しなければ、国にはならない」

舜は、この男は、本気で国を作ろうとしていると感じた。

「分かりました」

「頼んだぞ」


---

出陣の前日。

舜と星歌は、準備を整えていた。

筆記用具、紙、着替え、そしてあの本も。

「これで全部かな」

星歌が確認した。

「ああ」

「明日から...」

星歌が言葉を切った。

「大丈夫」

舜が肩を叩いた。

「一緒だから」

「...うん」


---

その夜、テムジンは一人でジャムカの墓を思い出していた。

友を殺した。だが、後悔はしていない。

これが、覇者の道だ。

明日から、新しい戦が始まる。

西夏。そして、その先。

金も、南宋も、西遼も。

全てを手に入れる。

地果て、海尽きるまで。

それが、テムジンの夢だった。


---

払暁前。

全軍が集結していた。

数千騎。整然と並んでいる。

テムジンが馬上から見渡した。

「出陣する」

その声が、草原に響いた。

「目指すは、西夏!」

「おおっ!」

兵たちの雄叫びが上がった。

舜と星歌も、馬に乗っていた。

二人は顔を見合わせた。

そして、頷いた。

軍が動き出した。

西へ。

西夏へ。

新しい歴史が、始まろうとしていた。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

次回、初の外征。

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