Ⅰ 新年
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
いつの間にか第二章です。累計1500PV突破しました!感謝です!
年が明けた。
ゲルの外では、雪が降り積もっている。
「なあ、星歌」
「何?」
「少し、遠乗りをしないか」
「遠乗り?」
「あぁ、出会ってから政務続きでろくに運動していないだろ?」
「それもそうね。寒いけど、厚着すれば大丈夫じゃないかな」
外に出て、厩に行く。
馬が寂しげにしていた。
「名前をつけるか」
「名前?」
「ああ。聞いたところによると、殿の馬は風と呼ぶらしい」
「んー。何がいいのかな」
「地と海にしないか」
「いいね、それ」
馬が待ちきれないように鼻を押し付けてきた。
「ガルザル、よろしくな」
ガルザルは理解できないようにきょとんとしている。
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二人は草原を駆けた。
白い雪原。どこまでも続く地平線。
「気持ちいい!」
星歌が笑った。
「ああ!」
舜も笑う。
久しぶりの、自由な時間だった。
しばらく走って、小高い丘で止まった。
珍しく晴れ、青空と白い雲と地面しか見えなかった。
「ここから見ると、アウラガが小さく見えるね」
「ああ」
二人は馬を降りた。
雪の上に座る。
「舜」
「うん?」
「私たち、いつまでここにいるんだろう」
「...分からない」
舜が空を見上げた。
「あの本は、何も教えてくれない」
「そうだね...」
星歌も空を見た。
「でも」
舜が星歌を見た。
「今は、ここにいるしかない」
「...うん」
「それに」
舜が笑った。
「星歌と一緒なら、怖くない」
「...ありがとう」
星歌も笑った。
二人は、しばらく景色を眺めていた。
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「殿」
ボオルチュが地図を広げた。
「ジャムカの動向が入りました」
「何だ」
「兵はわずかです。百人もいないでしょうが、頻繁に調練をしています。おそらく殿を急襲するつもりかと」
「...そうか」
テムジンが立ち上がった。
窓の外を見る。
「春になったら、動く」
「はい」
「だが」
テムジンが振り返った。
「できれば、生け捕りにしたい」
「...殿」
ボオルチュが驚いた。
「ジャムカは、かつての友だった」
テムジンの目が遠くを見た。
「殺すのは...最後の手段にしたい」
「...承知しました」
ボオルチュは、テムジンの心を理解した。
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同じ頃。バイカル湖の南方。
ジャムカは、雪の中で立っていた。
「お前たち、正直に言え」
「何をですか?」
「俺に、まだついてくる気があるのか?」
二人は顔を見合わせた。
「殿...」
「いい。正直に言え」
ジャムカが二人を見た。
「俺はもう、終わりだ」
「そんなことは...」
「いや、終わりだ」
ジャムカが笑った。
「テムジンには勝てなかった。完全に、負けた」
「...」
ジャムカが空を見上げた。
「草原で生まれ、育ち、過ごすことができただけで、俺は幸せだった」
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西夏。中興府。
李純祐が、病床に伏していた。
国力の回復策を考えすぎ、無理して病に罹ってしまった。
「陛下...」
側近が心配そうに見ている。
「...大丈夫だ」
李純祐が弱々しく笑った。
「少し、疲れただけだ」
だが、誰もがそれが嘘だと分かっていた。
皇帝は、衰弱していた。
「陛下、モンゴルからの使者が...」
「...また、か」
李純祐が溜息をついた。
「何と?」
「貿易の拡大を求めています」
「...応じろ」
「ですが...」
「応じろ」
李純祐が言い切った。
「今は、モンゴルを刺激したくない」
側近は黙って頭を下げた。
李純祐は、窓の外を見た。
(このままでは...国が持たない)
だが、打つ手がなかった。
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金。中都。
耶律楚材が、書類の整理をしていた。
「耶律殿」
完顔遠理が入ってきた。
「遠理殿」
「北の情報です」
完顔遠理が書簡を渡した。
耶律楚材が読む。
「...モンゴルが、軍制を改革した?」
「はい。十進法を採用し、厳格な指揮系統を確立したようです」
「...厄介ですね」
耶律楚材が溜息をついた。
「ただの野蛮な部族ではない、ということですか」
「そうです」
完顔遠理が頷いた。
「テムジンという男は、英雄です」
「...」
「組織を作り、法を定め、国を築いている」
完顔遠理が窓の外を見た。
「いずれ、来ます」
「...朝廷は、気づいていますか?」
「いいえ」
完顔遠理が苦笑した。
「相変わらず、内輪揉めです」
耶律楚材は何も言えなかった。
「耶律殿」
「はい」
「準備を進めましょう」
完顔遠理が真剣な顔をした。
「いつか、我らが金を守らねばならない時が来る」
「...知っています」
二人は、静かに決意を固めた。
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西遼。虎思斡耳朶。
耶律直魯古が、書類に目を通していた。
「陛下」
楊安仁が進み出た。
「東の情報です」
「モンゴルか」
「はい。テムジンが、国としての体裁を整えたようです」
「...ふむ」
耶律直魯古が興味深そうに聞いた。
「詳しく」
「軍制を改革し、法を定め、駅伝制を整備したとのことです」
「駅伝制?」
「はい。各地に駅を設け、馬を常備させ、情報伝達を高速化したようです」
「...なるほど」
耶律直魯古が感心した。
「楊安仁」
「はい」
「グチュルクを、もっと遠くへやれ」
「...と、おっしゃいますと?」
「西の国境、ホラズムとの最前線だ」
耶律直魯古が笑った。
「そこで好きなだけ『活躍』させてやれ」
「承知しました」
楊安仁は深く頭を下げた。
(陛下は...グチュルクを完全に見限ったな)
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アウラガ。舜と星歌のゲル。
二人は、遠乗りから帰ってきた。
「楽しかったね」
「ああ」
舜が笑った。
「また行こう」
「うん」
その時、ボオルチュが来た。
「舜、星歌」
「はい」
「明日から、春の準備だ」
「春の...準備?」
「ああ」
ボオルチュが真剣な顔をした。
「ジャムカを捕らえる」
二人は息を呑んだ。
「ついに...」
「そうだ。殿の最後の敵を、始末する」
ボオルチュが去っていった。
雪が、少しずつ溶け始めていた。
「春が来る」
「うん」
「そして...」
舜が星歌を見た。
「全てが、始まる」
二人は、その重みを感じていた。
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各地で、それぞれの思惑が交錯していた。
舜と星歌は、全てを見届ける覚悟を固めていた。
春は、すぐそこまで来ていた。
歴史の歯車は、止まらない。
次なる大地へ向けて、全てが動き出そうとしていた。
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