XVIII 交錯する冬
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
国がどんどん造られて行きます。
1204年、冬。
アウラガ。
舜と星歌は、同じゲルで暮らすようになった。
「おはよう、舜」
「おはよう、星歌」
朝、二人は共に起きる。
テムジンとボオルチュの元へ向かう。
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「今日は、兵站の記録を整理しろ」
ボオルチュが命じた。
「はい」
二人は書類の山に向き合った。
各部族からの食料の報告。
兵の配置。
武器の在庫。
「...多いね」
星歌が呟いた。
「ああ。でも、これが国を動かすってことなんだ」
舜が答えた。
二人は黙々と作業を続けた。
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ある日、テムジンが大勢の部族長たちを集めた。
「諸君」
テムジンが地図を広げた。
「これから、駅伝制を整備する」
部族長たちが顔を見合わせた。
「駅伝制とは?」
一人が聞いた。
「各地に駅を置く。ジャムチと呼ぶ」
テムジンが地図上の点を指差した。
「ここ、ここ、ここ。一日の行程ごとに駅を作る」
「何のために?」
「情報を速く伝えるためだ」
ボオルチュが説明した。
「各駅に馬を常備させる。使者が来たら、疲れた馬を交換し、すぐに次の駅へ向かう」
「なるほど...」
「これで、情報が何倍も速く届く」
テムジンが続けた。
「アウラガから西の端まで、普通なら十日かかる。だが、駅伝を使えば三日だ」
部族長たちが驚いた。
「三日...!?」
「そうだ。命令も、報告も、全て速くなる」
「では、各部族は何をすれば?」
別の部族長が聞いた。
「お前たちの領地に、駅を作れ」
ボオルチュが命じた。
「馬を二十頭、食料、寝床を用意しろ」
「二十頭も...!?」
「多いか?」
テムジンが睨んだ。
「いえ、そのような...」
部族長が慌てて頭を下げた。
「これは命令だ。来年春までに、全ての駅を整備しろ」
「はっ!」
部族長たちが一斉に頭を下げた。
舜と星歌は、横で記録を取っていた。
「すごい...」
星歌が小声で言った。
「一気に、通信網ができる」
「ああ」
舜が頷いた。
「これが、ジャムチ。後のモンゴル帝国の大動脈になる」
「教科書で見たやつ...」
「そう。今、目の前で作られてる」
二人は、歴史が動く瞬間を見ていた。
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翌日、広場に全軍が集められた。
数万人といる。
テムジンが馬上から告げた。
「今日から、軍を再編する!」
兵士たちが緊張した。
「まず、十人を一組にする。これを『アルバン』と呼ぶ」
「十組で百人。これを『ジャガン』」
「十個ジャガンで千人。これを『ミンガン』」
テムジンが次々と宣言していく。
「各組に、隊長を置く」
「アルバンには十人長、ジャガンには百人長、ミンガンには千人長」
「そして、重要なことを言う」
テムジンの声が厳しくなった。
「十人隊の一人が逃げれば、全員を罰する」
「...!」
兵士たちが息を呑んだ。
「百人隊の十人が逃げれば、全員を罰する」
「つまり、お前たちは運命共同体だ」
テムジンが兵士たちを見回した。
「仲間を見捨てれば、自分も終わりだ。だから、助け合え」
「はっ!」
兵士たちが叫んだ。
ボオルチュが前に出た。
「では、隊長を発表する」
ボオルチュが名簿を読み上げた。
「第一ミンガン、スブタイ」
若い男が前に出た。
20代。鋭い目をしている。
(スブタイ...)
「第二ミンガン、ジェベ」
別の男が前に出た。
30代。弓の名手らしい。
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「各隊長は、部下を鍛えろ」
テムジンが命じた。
「訓練を怠るな。いずれ、大きな戦が来る」
「はっ!」
全員が一斉に答えた。
その声が、草原に響いた。
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その夜、舜と星歌はボオルチュに呼ばれた。
「今日の編成を、文書にまとめろ」
「はい」
二人は夜遅くまで作業した。
各隊の名簿。
隊長の名前。
配置。
全てを記録していく。
「...終わった」
星歌が伸びをした。
「お疲れ」
舜も疲れていた。
「でも、これで軍が整理された」
「うん」
二人は書類の山を見た。
(これが、モンゴル軍)
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数日後、テムジンが法を発表した。
「これより、モンゴルの法を定める」
全部族長、全将軍が集まっている。
舜と星歌も、記録のために同席していた。
「第一、盗みは重罪とする」
テムジンが宣言した。
「初犯は、盗んだ物の十倍の罰金」
「再犯は、死罪」
部族長たちが頷いた。
「第二、殺人は死罪」
「ただし、戦での殺しは除く」
「第三、姦淫は罰する」
「第四、嘘をつく者も罰する」
テムジンが次々と告げていく。
「第五、戦場で逃げた者は死罪」
「第六、命令に従わぬ者も死罪」
厳しい法だ。
だが、誰も反対しなかった。
テムジンの威圧感が、場を支配していた。
「第七、客人は丁重にもてなせ」
「第八、困っている者を助けよ」
「第九、弱者を虐げるな」
厳しいだけではない。
優しさもある。
「第十、宗教の自由を認める」
「...!」
これには、部族長たちが驚いた。
「殿、それは...」
「何か問題があるか?」
テムジンが睨んだ。
「いえ...」
「シャーマンでも、仏教徒でも、イスラム教徒でも構わん」
テムジンが続けた。
「信じるものは、それぞれでいい。だが、法は守れ」
「...はっ」
「これが、我がモンゴルの法だ」
テムジンが立ち上がった。
「ヤサと呼ぶ。全員、守れ」
「はっ!」
全員が一斉に頭を下げた。
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会議が終わった後。
「舜、星歌」
ボオルチュが呼んだ。
「はい」
「今の法を、文書にまとめろ」
「承知しました」
二人は、すぐに作業を始めた。
ヤサの条文を書いていく。
「...すごい法だね」
星歌が呟いた。
「厳しいけど、公正だ」
「ああ」
舜が頷いた。
「宗教の自由まで認めるなんて、この時代では革新的だ」
「うん...」
二人は黙々と書き続けた。
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また別の日。
テムジンが四人の男を呼んだ。
「ボオルチュ、ムカリ、ボロクル、チラウン」
四人が前に出た。
「お前たちを、四駿とする」
「...!」
「ボオルチュは内政を統べよ」
「はっ」
「ムカリは軍を統べよ」
「承知しました」
「ボロクルは我が護衛を統べよ」
「はっ」
「チラウンは外交を統べよ」
「はっ」
テムジンが四人を見回した。
「お前たちが、この国の柱だ」
「はっ!」
四人が跪いた。
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さらに、別の四人が呼ばれた。
「ジェルメ、ジェベ、スブタイ、クビライ」
「お前たちを、四犬とする」
「四犬...?」
「そうだ。俺の猟犬だ」
テムジンが笑った。
「敵を追い、噛み殺す。それがお前たちの役目だ」
「はっ!」
四人が力強く答えた。
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舜と星歌は、また記録を取っていた。
「四駿と四犬...」
舜が呟いた。
「これで、統治機構が完成した」
「すごいスピードだね」
星歌が言った。
「たった数ヶ月で、国ができてる」
「ああ」
舜が頷いた。
「殿は、天才だ」
二人は、改めて実感した。
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夜、二人はゲルで話していた。
「すごいね...」
星歌が呟いた。
「国が、できていく」
「ああ」
舜が頷いた。
「駅伝制、軍制、法。全部、帝国の基礎だ」
「私たち、歴史の中にいるんだね」
「そうだな」
舜が窓の外を見た。
雪が降っている。
「再来年、モンゴルは帝国になる」
「...」
「そして、世界を変える」
二人は、静かにその重みを感じていた。
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同じ頃。
バイカル湖の南。
深い森の中。
ジャムカは、わずかな部下と共に隠れていた。
「殿」
側近のホーロイが声をかけた。
「何だ」
「食料が...もう残り少ないです」
「...そうか」
ジャムカが溜息をついた。
もう一人の側近、イルギンが言った。
「このままでは、冬を越せません」
「分かっている」
ジャムカが立ち上がった。
外に出る。
雪が降っている。
森は静かだ。
(ここまで来たか...)
ジャムカは思った。
かつては、草原の有力者だった。
テムジンと並ぶ、いや、それ以上の力を持っていた。
だが、今は。
逃亡者。
森に隠れる、敗残兵。
(どこで...間違った)
ジャムカは、過去を思い出した。
少年時代。
テムジンと共に遊んだこと。
アンダの契りを結んだこと。
「お前と俺は、兄弟だ」
テムジンが笑っていた。
あの頃は、楽しかった。
だが―
(考えが、合わなくなった)
ジャムカは反金を貫いていた。
どんな形であろうと、今まで草原を混乱させてきた金には従わないと。
だが、テムジンは違った。
「のし上がるためには、何でも使うべきだ」
二人の道は、分かれた。
---
そして、戦った。
何度も、何度も。
だが、負け続けた。
(なぜだ...)
ジャムカは拳を握った。
(なぜ、テムジンは勝ち続けるんだ)
「殿」
ホーロイが来た。
「どうする?このままでは...」
「...分からん」
ジャムカは正直に答えた。
「もう、どうすればいいのか...」
---
イルギンも来た。
「殿、降伏しましょう」
「...何?」
「テムジンに降伏するのです。懐が広いと聞くので軍は残してー」
「馬鹿を言うな!」
ジャムカが怒鳴った。
「俺が、テムジンに頭を下げると思うか!」
「ですが...」
「もういい!」
ジャムカが隠れ場に戻った。
---
一人になった。
(降伏...か)
ジャムカは考えた。
(それも...一つの道か)
だが、矜持が許さなかった。
(俺は...テムジンと対等だったんだ)
(いや、それ以上だったかもしれない)
ジャムカは顔を覆った。
(だが、負けた)
(完全に、負けた)
雪が、静かに降り続けていた。
---
アウラガ。
テムジンとボオルチュが、地図を見ていた。
「再来年、クリルタイを開く」
テムジンが言った。
「ついに...ですか」
「ああ。正式に、大ハンに即位する」
テムジンの目が光った。
「モンゴルは統一された。次は、外だ」
「西夏、金、その先...」
「そうだ」
テムジンが頷いた。
「だが、その前に」
「...ジャムカ」
「ああ」
テムジンが拳を握った。
「奴を捕らえる。最後の敵を、始末する」
「春になれば、動けます」
ボオルチュが答えた。
「分かった。準備を進めろ」
「はっ」
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ボオルチュが去った後、テムジンは一人になった。
(ジャムカ...)
かつての親友。
義兄弟。
だが、今は敵。
(お前を...殺さねばならない)
テムジンの胸に、痛みが走った。
だが、それでも。
(これが、覇王の道だ)
テムジンは、窓の外を見た。
雪が降っている。
---
その夜、舜と星歌はゲルで話していた。
「この先、どうなるんだろう」
星歌が聞いた。
「クリルタイがある。テムジンがチンギス・ハンになる」
「そして...?」
「戦が始まる」
舜が答えた。
「俺たちも、その全てを見届ける」
舜が星歌を見た。
「一緒に、な」
「うん」
星歌が頷いた。
「一緒に」
---
年が、終わろうとしていた。
モンゴルは、国としての形を整えた。
駅伝制、軍制、法。
全てが、帝国の基礎となる。
そして、再来年。
チンギス・ハンが誕生する。
世界を変える男が、正式に立ち上がる。
舜と星歌は、その瞬間を見届けることになる。
ジャムカは、森で冬を越そうとしている。
だが、その運命は、もう決まっていた。
歴史の歯車は、止まらない。
次へ向けて、全てが動き出していた。
雪が、静かに降り続けていた。
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