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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
臥竜、雲を掴む
20/21

XVIII 交錯する冬

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

国がどんどん造られて行きます。

1204年、冬。


アウラガ。

舜と星歌は、同じゲルで暮らすようになった。

「おはよう、舜」

「おはよう、星歌」

朝、二人は共に起きる。

テムジンとボオルチュの元へ向かう。


---

「今日は、兵站の記録を整理しろ」

ボオルチュが命じた。

「はい」

二人は書類の山に向き合った。

各部族からの食料の報告。

兵の配置。

武器の在庫。

「...多いね」

星歌が呟いた。

「ああ。でも、これが国を動かすってことなんだ」

舜が答えた。

二人は黙々と作業を続けた。


---

ある日、テムジンが大勢の部族長たちを集めた。

「諸君」

テムジンが地図を広げた。

「これから、駅伝制を整備する」

部族長たちが顔を見合わせた。

「駅伝制とは?」

一人が聞いた。

「各地に駅を置く。ジャムチと呼ぶ」

テムジンが地図上の点を指差した。

「ここ、ここ、ここ。一日の行程ごとに駅を作る」

「何のために?」

「情報を速く伝えるためだ」

ボオルチュが説明した。

「各駅に馬を常備させる。使者が来たら、疲れた馬を交換し、すぐに次の駅へ向かう」

「なるほど...」

「これで、情報が何倍も速く届く」

テムジンが続けた。

「アウラガから西の端まで、普通なら十日かかる。だが、駅伝を使えば三日だ」

部族長たちが驚いた。

「三日...!?」

「そうだ。命令も、報告も、全て速くなる」

「では、各部族は何をすれば?」

別の部族長が聞いた。

「お前たちの領地に、駅を作れ」

ボオルチュが命じた。

「馬を二十頭、食料、寝床を用意しろ」

「二十頭も...!?」

「多いか?」

テムジンが睨んだ。

「いえ、そのような...」

部族長が慌てて頭を下げた。

「これは命令だ。来年春までに、全ての駅を整備しろ」

「はっ!」

部族長たちが一斉に頭を下げた。

舜と星歌は、横で記録を取っていた。

「すごい...」

星歌が小声で言った。

「一気に、通信網ができる」

「ああ」

舜が頷いた。

「これが、ジャムチ。後のモンゴル帝国の大動脈になる」

「教科書で見たやつ...」

「そう。今、目の前で作られてる」

二人は、歴史が動く瞬間を見ていた。


---

翌日、広場に全軍が集められた。

数万人といる。

テムジンが馬上から告げた。

「今日から、軍を再編する!」

兵士たちが緊張した。

「まず、十人を一組にする。これを『アルバン』と呼ぶ」

「十組で百人。これを『ジャガン』」

「十個ジャガンで千人。これを『ミンガン』」

テムジンが次々と宣言していく。

「各組に、隊長を置く」

「アルバンには十人長、ジャガンには百人長、ミンガンには千人長」

「そして、重要なことを言う」

テムジンの声が厳しくなった。

「十人隊の一人が逃げれば、全員を罰する」

「...!」

兵士たちが息を呑んだ。

「百人隊の十人が逃げれば、全員を罰する」

「つまり、お前たちは運命共同体だ」

テムジンが兵士たちを見回した。

「仲間を見捨てれば、自分も終わりだ。だから、助け合え」

「はっ!」

兵士たちが叫んだ。

ボオルチュが前に出た。

「では、隊長を発表する」

ボオルチュが名簿を読み上げた。

「第一ミンガン、スブタイ」

若い男が前に出た。

20代。鋭い目をしている。

(スブタイ...)

「第二ミンガン、ジェベ」

別の男が前に出た。

30代。弓の名手らしい。


---

「各隊長は、部下を鍛えろ」

テムジンが命じた。

「訓練を怠るな。いずれ、大きな戦が来る」

「はっ!」

全員が一斉に答えた。

その声が、草原に響いた。


---

その夜、舜と星歌はボオルチュに呼ばれた。

「今日の編成を、文書にまとめろ」

「はい」

二人は夜遅くまで作業した。

各隊の名簿。

隊長の名前。

配置。

全てを記録していく。

「...終わった」

星歌が伸びをした。

「お疲れ」

舜も疲れていた。

「でも、これで軍が整理された」

「うん」

二人は書類の山を見た。

(これが、モンゴル軍)


---

数日後、テムジンが法を発表した。

「これより、モンゴルの法を定める」

全部族長、全将軍が集まっている。

舜と星歌も、記録のために同席していた。

「第一、盗みは重罪とする」

テムジンが宣言した。

「初犯は、盗んだ物の十倍の罰金」

「再犯は、死罪」

部族長たちが頷いた。

「第二、殺人は死罪」

「ただし、戦での殺しは除く」

「第三、姦淫は罰する」

「第四、嘘をつく者も罰する」

テムジンが次々と告げていく。

「第五、戦場で逃げた者は死罪」

「第六、命令に従わぬ者も死罪」

厳しい法だ。

だが、誰も反対しなかった。

テムジンの威圧感が、場を支配していた。

「第七、客人は丁重にもてなせ」

「第八、困っている者を助けよ」

「第九、弱者を虐げるな」

厳しいだけではない。

優しさもある。

「第十、宗教の自由を認める」

「...!」

これには、部族長たちが驚いた。

「殿、それは...」

「何か問題があるか?」

テムジンが睨んだ。

「いえ...」

「シャーマンでも、仏教徒でも、イスラム教徒でも構わん」

テムジンが続けた。

「信じるものは、それぞれでいい。だが、法は守れ」

「...はっ」

「これが、我がモンゴルの法だ」

テムジンが立ち上がった。

「ヤサと呼ぶ。全員、守れ」

「はっ!」

全員が一斉に頭を下げた。


---

会議が終わった後。

「舜、星歌」

ボオルチュが呼んだ。

「はい」

「今の法を、文書にまとめろ」

「承知しました」

二人は、すぐに作業を始めた。

ヤサの条文を書いていく。

「...すごい法だね」

星歌が呟いた。

「厳しいけど、公正だ」

「ああ」

舜が頷いた。

「宗教の自由まで認めるなんて、この時代では革新的だ」

「うん...」

二人は黙々と書き続けた。


---

また別の日。

テムジンが四人の男を呼んだ。

「ボオルチュ、ムカリ、ボロクル、チラウン」

四人が前に出た。

「お前たちを、四駿とする」

「...!」

「ボオルチュは内政を統べよ」

「はっ」

「ムカリは軍を統べよ」

「承知しました」

「ボロクルは我が護衛を統べよ」

「はっ」

「チラウンは外交を統べよ」

「はっ」

テムジンが四人を見回した。

「お前たちが、この国の柱だ」

「はっ!」

四人が跪いた。


---

さらに、別の四人が呼ばれた。

「ジェルメ、ジェベ、スブタイ、クビライ」

「お前たちを、四犬とする」

「四犬...?」

「そうだ。俺の猟犬だ」

テムジンが笑った。

「敵を追い、噛み殺す。それがお前たちの役目だ」

「はっ!」

四人が力強く答えた。


---

舜と星歌は、また記録を取っていた。

「四駿と四犬...」

舜が呟いた。

「これで、統治機構が完成した」

「すごいスピードだね」

星歌が言った。

「たった数ヶ月で、国ができてる」

「ああ」

舜が頷いた。

「殿は、天才だ」

二人は、改めて実感した。


---

夜、二人はゲルで話していた。

「すごいね...」

星歌が呟いた。

「国が、できていく」

「ああ」

舜が頷いた。

「駅伝制、軍制、法。全部、帝国の基礎だ」

「私たち、歴史の中にいるんだね」

「そうだな」

舜が窓の外を見た。

雪が降っている。

「再来年、モンゴルは帝国になる」

「...」

「そして、世界を変える」

二人は、静かにその重みを感じていた。


---

同じ頃。

バイカル湖の南。

深い森の中。

ジャムカは、わずかな部下と共に隠れていた。

「殿」

側近のホーロイが声をかけた。

「何だ」

「食料が...もう残り少ないです」

「...そうか」

ジャムカが溜息をついた。

もう一人の側近、イルギンが言った。

「このままでは、冬を越せません」

「分かっている」

ジャムカが立ち上がった。

外に出る。

雪が降っている。

森は静かだ。

(ここまで来たか...)

ジャムカは思った。

かつては、草原の有力者だった。

テムジンと並ぶ、いや、それ以上の力を持っていた。

だが、今は。

逃亡者。

森に隠れる、敗残兵。

(どこで...間違った)


ジャムカは、過去を思い出した。

少年時代。

テムジンと共に遊んだこと。

アンダの契りを結んだこと。

「お前と俺は、兄弟だ」

テムジンが笑っていた。

あの頃は、楽しかった。

だが―

(考えが、合わなくなった)

ジャムカは反金を貫いていた。

どんな形であろうと、今まで草原を混乱させてきた金には従わないと。

だが、テムジンは違った。

「のし上がるためには、何でも使うべきだ」

二人の道は、分かれた。


---

そして、戦った。

何度も、何度も。

だが、負け続けた。

(なぜだ...)

ジャムカは拳を握った。

(なぜ、テムジンは勝ち続けるんだ)

「殿」

ホーロイが来た。

「どうする?このままでは...」

「...分からん」

ジャムカは正直に答えた。

「もう、どうすればいいのか...」


---

イルギンも来た。

「殿、降伏しましょう」

「...何?」

「テムジンに降伏するのです。懐が広いと聞くので軍は残してー」

「馬鹿を言うな!」

ジャムカが怒鳴った。

「俺が、テムジンに頭を下げると思うか!」

「ですが...」

「もういい!」

ジャムカが隠れ場に戻った。


---

一人になった。

(降伏...か)

ジャムカは考えた。

(それも...一つの道か)

だが、矜持が許さなかった。

(俺は...テムジンと対等だったんだ)

(いや、それ以上だったかもしれない)

ジャムカは顔を覆った。

(だが、負けた)

(完全に、負けた)

雪が、静かに降り続けていた。


---

アウラガ。

テムジンとボオルチュが、地図を見ていた。

「再来年、クリルタイを開く」

テムジンが言った。

「ついに...ですか」

「ああ。正式に、大ハンに即位する」

テムジンの目が光った。

「モンゴルは統一された。次は、外だ」

「西夏、金、その先...」

「そうだ」

テムジンが頷いた。

「だが、その前に」

「...ジャムカ」

「ああ」

テムジンが拳を握った。

「奴を捕らえる。最後の敵を、始末する」

「春になれば、動けます」

ボオルチュが答えた。

「分かった。準備を進めろ」

「はっ」


---

ボオルチュが去った後、テムジンは一人になった。

(ジャムカ...)

かつての親友。

義兄弟。

だが、今は敵。

(お前を...殺さねばならない)

テムジンの胸に、痛みが走った。

だが、それでも。

(これが、覇王の道だ)

テムジンは、窓の外を見た。

雪が降っている。


---

その夜、舜と星歌はゲルで話していた。

「この先、どうなるんだろう」

星歌が聞いた。

「クリルタイがある。テムジンがチンギス・ハンになる」

「そして...?」

「戦が始まる」

舜が答えた。

「俺たちも、その全てを見届ける」

舜が星歌を見た。

「一緒に、な」

「うん」

星歌が頷いた。

「一緒に」


---

年が、終わろうとしていた。

モンゴルは、国としての形を整えた。

駅伝制、軍制、法。

全てが、帝国の基礎となる。

そして、再来年。

チンギス・ハンが誕生する。

世界を変える男が、正式に立ち上がる。

舜と星歌は、その瞬間を見届けることになる。

ジャムカは、森で冬を越そうとしている。

だが、その運命は、もう決まっていた。

歴史の歯車は、止まらない。

次へ向けて、全てが動き出していた。

雪が、静かに降り続けていた。

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― 新着の感想 ―
最後の締めくくりがすごく素敵でした。歯車は、止まらない。の部分や、雪という季語が出てきて、"静かに"降り続けていた。など、冬を越えると迎えようとする何かを伝える表現が、まだ何もないけれど物事や歴史が密…
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