XV 西の夏
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
「舜」
出発の朝、テムジンに呼ばれた。
「はい」
「西夏に使者を送る。タリゲーンが正使だ。お前は副使として同行しろ」
「...!?」
「字を書ける者が必要だ。お前が行け」
舜は震えた。
「ですが、私はまだ...」
「大丈夫だ。タリゲーンは経験豊富だ。学んでこい」
テムジンが笑った。
「西夏がどんな国か、その目で見てこい」
「...はい!」
朝、テムジンとボオルチュにそれぞれ励まされ、送り出された。
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数刻後、タリゲーンと共に出発した。
二人だけの旅だ。
「よろしく頼む、舜」
タリゲーンが言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
舜は緊張していた。
タリゲーンは30代くらい。
ボオルチュの部下で、落ち着いた男だ。
「初めての外交か?」
「はい」
「なら、道中で教えてやる」
タリゲーンが馬を進めた。
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草原を南へ進んだ。
しばらくして、タリゲーンが話し始めた。
「舜、草原で生きる上で大切なことを教えてやる」
「はい」
「まず、水だ」
タリゲーンが川を指差した。
「水がなければ、何日も持たない。だから、常に川や泉の位置を覚えておけ」
「...はい」
「次に、方角だ」
タリゲーンが太陽を見た。
「太陽は東から昇り、西に沈む。夜は星を見ろ。北極星を見つければ、方角が分かる」
舜は頷いた。
「そして、馬だ」
タリゲーンが馬の首を撫でた。
「馬は相棒だ。大切にしろ。疲れさせすぎるな。水と餌を忘れるな」
「...はい」
「草原では、馬が命だ。馬がいなければ、死ぬ」
舜は真剣に聞いた。
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二日目。
タリゲーンが狩りを教えてくれた。
「あそこに鹿がいる」
「...!」
「静かに近づけ。風下から」
舜は馬をゆっくり進めた。
弓を構える。
狙いを定める。
「落ち着いて...」
タリゲーンが小声で言った。
舜は息を整えた。
放つ。
シュッ
矢が飛んだ。
「...当たった!」
「よくやった」
タリゲーンが笑った。
「お前、才能あるな」
「ありがとうございます」
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その夜、焚き火を囲んだ。
鹿の肉を焼いている。
「舜」
「はい」
「お前、本当に漢人か?」
タリゲーンが聞いた。
「...はい」
「どこから来た?」
「それは...」
舜は迷った。
「まあいい。聞かん」
タリゲーンが肉を食べた。
「だが、一つだけ言っておく」
「はい」
「殿は、お前を信じている。だから俺も信じる」
ボオルチュと同じことを言う。テムジンは本当に信頼されていると感じた。
「...ありがとうございます」
「ただし」
タリゲーンが舜を見た。
「もし殿を裏切れば、俺が真っ先にお前を殺す」
舜は背筋が凍った。
(ボオルチュと同じことを...殿は怪物だな)
「分かっています」
「よし」
タリゲーンが笑った。
「なら、大丈夫だ」
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五日目。
草原が終わり、山が見えてきた。
「あれがアラシャ山だ」
タリゲーンが指差した。
「西夏との国境だ」
舜は息を呑んだ。
山の向こうに、城壁が見える。
「ついに...」
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十日目、西夏の都・中興府に到着した。
城壁が高くそびえている。
門には兵士が立っている。
「止まれ。何者だ」
兵士が槍を構えた。
「モンゴルの使者だ」
タリゲーンが堂々と答えた。
「皇帝陛下に謁見を求める」
兵士たちが顔を見合わせた。
「...待て」
一人が走っていった。
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しばらくして、案内された。
宮殿に入る。
(すごい...)
舜は驚いた。
石造りの建物。
装飾された柱。
草原とは全く違う。
「こちらです」
導かれて、謁見の間に着いた。
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玉座に、一人の男が座っていた。
20代前半。
李純祐。西夏の皇帝だ。
だが、その顔は疲れていた。
目の下に隈がある。
「モンゴルの使者か」
李純祐が言った。
声にも、疲れが滲んでいる。
「はい。モンゴルのテムジン様よりの使者でございます」
タリゲーンが跪いた。
舜も跪く。
「顔を上げよ」
二人は顔を上げた。
「用件は?」
「貢物を持参いたしました。そして、友好の継続を願っております」
タリゲーンが書状を差し出した。
宦官が受け取り、李純祐に渡す。
李純祐は読んだ。
そして、溜息をついた。
「...友好、か」
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李純祐は立ち上がった。
窓の外を見る。
「朕の国は...疲弊している」
突然の告白に、舜は驚いた。
「金に従い、貢物を送り続けてきた。だが、金は弱体化している」
李純祐が振り返った。
「そして今、東からモンゴルという新しい勢力が台頭している」
「陛下...」
側近が止めようとした。
だが、李純祐は手を上げた。
「いや、言わせてくれ」
李純祐がタリゲーンを見た。
「お前たちのテムジンという男は、強いのか?」
「はい」
タリゲーンが即答した。
「我が殿は、モンゴル高原を統一されました。タタル、ケレイト、ナイマン、全てを倒されました」
李純祐は目を閉じた。
「...そうか」
沈黙。
「分かった。友好を保とう」
李純祐が座り直した。
「だが、いつまで保てるか...」
最後の言葉は、独り言のようだった。
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謁見が終わり、客室に案内された。
「タリゲーン殿」
舜が小声で言った。
「はい」
「皇帝陛下...あまり元気がなかったように見えましたが」
「ああ」
タリゲーンが頷いた。
「あの国は、もう長くない」
「...え?」
「見ただろう?城壁は古びている。兵士の数も少ない。民も活気がない」
タリゲーンが窓の外を見た。
「西夏は、衰えている」
「...」
「殿が狙うのも当然だ。弱った獲物は、狩りやすい」
舜は震えた。
(これが...外交なのか)
(友好を装いながら、弱みを探る)
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その夜、舜は一人で街を歩いた。
市場は寂れている。
人々の顔に、活気がない。
(本当に...衰えているんだ)
舜は記録を取った。
城壁の状態、兵士の数、民の様子。
全てが、テムジンへの報告になる。
(これでいいのか...?)
舜は迷った。
だが、これが自分の仕事だ。
(見届けるしかない)
舜は空を見上げた。
星が輝いている。
舜は宿に戻った。
明日、テムジンの元に帰る。
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