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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
臥竜、雲を掴む
16/21

XV 西の夏

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

「舜」

出発の朝、テムジンに呼ばれた。

「はい」

「西夏に使者を送る。タリゲーンが正使だ。お前は副使として同行しろ」

「...!?」

「字を書ける者が必要だ。お前が行け」

舜は震えた。

「ですが、私はまだ...」

「大丈夫だ。タリゲーンは経験豊富だ。学んでこい」

テムジンが笑った。

「西夏がどんな国か、その目で見てこい」

「...はい!」

朝、テムジンとボオルチュにそれぞれ励まされ、送り出された。


---

数刻後、タリゲーンと共に出発した。

二人だけの旅だ。

「よろしく頼む、舜」

タリゲーンが言った。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

舜は緊張していた。

タリゲーンは30代くらい。

ボオルチュの部下で、落ち着いた男だ。

「初めての外交か?」

「はい」

「なら、道中で教えてやる」

タリゲーンが馬を進めた。


---

草原を南へ進んだ。

しばらくして、タリゲーンが話し始めた。

「舜、草原で生きる上で大切なことを教えてやる」

「はい」

「まず、水だ」

タリゲーンが川を指差した。

「水がなければ、何日も持たない。だから、常に川や泉の位置を覚えておけ」

「...はい」

「次に、方角だ」

タリゲーンが太陽を見た。

「太陽は東から昇り、西に沈む。夜は星を見ろ。北極星を見つければ、方角が分かる」

舜は頷いた。

「そして、馬だ」

タリゲーンが馬の首を撫でた。

「馬は相棒だ。大切にしろ。疲れさせすぎるな。水と餌を忘れるな」

「...はい」

「草原では、馬が命だ。馬がいなければ、死ぬ」

舜は真剣に聞いた。


---

二日目。

タリゲーンが狩りを教えてくれた。

「あそこに鹿がいる」

「...!」

「静かに近づけ。風下から」

舜は馬をゆっくり進めた。

弓を構える。

狙いを定める。

「落ち着いて...」

タリゲーンが小声で言った。

舜は息を整えた。

放つ。

シュッ

矢が飛んだ。

「...当たった!」

「よくやった」

タリゲーンが笑った。

「お前、才能あるな」

「ありがとうございます」


---

その夜、焚き火を囲んだ。

鹿の肉を焼いている。

「舜」

「はい」

「お前、本当に漢人か?」

タリゲーンが聞いた。

「...はい」

「どこから来た?」

「それは...」

舜は迷った。

「まあいい。聞かん」

タリゲーンが肉を食べた。

「だが、一つだけ言っておく」

「はい」

「殿は、お前を信じている。だから俺も信じる」

ボオルチュと同じことを言う。テムジンは本当に信頼されていると感じた。

「...ありがとうございます」

「ただし」

タリゲーンが舜を見た。

「もし殿を裏切れば、俺が真っ先にお前を殺す」

舜は背筋が凍った。

(ボオルチュと同じことを...殿は怪物だな)

「分かっています」

「よし」

タリゲーンが笑った。

「なら、大丈夫だ」


---

五日目。

草原が終わり、山が見えてきた。

「あれがアラシャ山だ」

タリゲーンが指差した。

「西夏との国境だ」

舜は息を呑んだ。

山の向こうに、城壁が見える。

「ついに...」


---

十日目、西夏の都・中興府に到着した。

城壁が高くそびえている。

門には兵士が立っている。

「止まれ。何者だ」

兵士が槍を構えた。

「モンゴルの使者だ」

タリゲーンが堂々と答えた。

「皇帝陛下に謁見を求める」

兵士たちが顔を見合わせた。

「...待て」

一人が走っていった。


---

しばらくして、案内された。

宮殿に入る。

(すごい...)

舜は驚いた。

石造りの建物。

装飾された柱。

草原とは全く違う。

「こちらです」

導かれて、謁見の間に着いた。


---

玉座に、一人の男が座っていた。

20代前半。

李純祐。西夏の皇帝だ。

だが、その顔は疲れていた。

目の下に隈がある。

「モンゴルの使者か」

李純祐が言った。

声にも、疲れが滲んでいる。

「はい。モンゴルのテムジン様よりの使者でございます」

タリゲーンが跪いた。

舜も跪く。

「顔を上げよ」

二人は顔を上げた。

「用件は?」

「貢物を持参いたしました。そして、友好の継続を願っております」

タリゲーンが書状を差し出した。

宦官が受け取り、李純祐に渡す。

李純祐は読んだ。

そして、溜息をついた。

「...友好、か」


---

李純祐は立ち上がった。

窓の外を見る。

「朕の国は...疲弊している」

突然の告白に、舜は驚いた。

「金に従い、貢物を送り続けてきた。だが、金は弱体化している」

李純祐が振り返った。

「そして今、東からモンゴルという新しい勢力が台頭している」

「陛下...」

側近が止めようとした。

だが、李純祐は手を上げた。

「いや、言わせてくれ」

李純祐がタリゲーンを見た。

「お前たちのテムジンという男は、強いのか?」

「はい」

タリゲーンが即答した。

「我が殿は、モンゴル高原を統一されました。タタル、ケレイト、ナイマン、全てを倒されました」

李純祐は目を閉じた。

「...そうか」

沈黙。

「分かった。友好を保とう」

李純祐が座り直した。

「だが、いつまで保てるか...」

最後の言葉は、独り言のようだった。


---

謁見が終わり、客室に案内された。

「タリゲーン殿」

舜が小声で言った。

「はい」

「皇帝陛下...あまり元気がなかったように見えましたが」

「ああ」

タリゲーンが頷いた。

「あの国は、もう長くない」

「...え?」

「見ただろう?城壁は古びている。兵士の数も少ない。民も活気がない」

タリゲーンが窓の外を見た。

「西夏は、衰えている」

「...」

「殿が狙うのも当然だ。弱った獲物は、狩りやすい」

舜は震えた。

(これが...外交なのか)

(友好を装いながら、弱みを探る)


---

その夜、舜は一人で街を歩いた。

市場は寂れている。

人々の顔に、活気がない。

(本当に...衰えているんだ)

舜は記録を取った。

城壁の状態、兵士の数、民の様子。

全てが、テムジンへの報告になる。

(これでいいのか...?)

舜は迷った。

だが、これが自分の仕事だ。

(見届けるしかない)

舜は空を見上げた。

星が輝いている。

舜は宿に戻った。

明日、テムジンの元に帰る。

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