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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
臥竜、雲を掴む
15/21

XIV 首都

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

草原に来て半月後。

アウラガに到着した。

コイテンよりずっと大きい。

ゲルが何十も並び、人々が行き交っている。

兵士たちが訓練し、商人が荷を運んでいる。

「ここが...」

星歌が呟いた。

「アウラガだ。殿の本拠地」

アーチャイが馬を降りた。

星歌も降りる。

足が少し震えた。

(ここに...私でも名前を知ってるチンギス・ハンがいる)


---

中心部の大きなゲルに向かった。

護衛の兵士が二人を見た。

「アーチャイか。帰ったのか」

知り合いのようだ。

「ああ。殿におられるか?」

「中におられる。ボオルチュ様も」

「そうか」

アーチャイが星歌を見た。

「行くぞ」

「はい」

星歌は深呼吸した。


---

ゲルの中に入った。

中央に、一人の男が座っていた。

40代くらい。

鋭い目。

圧倒的な覇気。

(この人が...テムジン)

星歌は息を呑んだ。

その隣に、もう一人。

ボオルチュだ。

地図を広げて、何か話し合っている。

「アーチャイか」

テムジンが言った。

「はい、殿。帰参いたしました」

アーチャイが跪く。

星歌も慌てて跪いた。

「顔を上げよ」

二人は顔を上げた。

テムジンが星歌を見た。

「...女か」

「はい。コイテンで保護いたしました」

「名は?」

アーチャイが星歌を見る。

「...星歌です」

星歌が答えた。

声が震えた。

テムジンは星歌をじっと見つめた。

「珍しい名だな」

「...はい」

「どこから来た?」

「それは...覚えていません」

テムジンは少し目を細めた。

「ふむ」

沈黙。

星歌は心臓が飛び出そうだった。


---

「ボオルチュ」

テムジンが呼んだ。

「はい」

「どう思う?」

ボオルチュが星歌を見た。

鋭い目。

値踏みするような視線。

「...怪しいですが、敵意はなさそうです」

「そうか」

テムジンが頷いた。

「アーチャイ、育てたのか?」

「はい。半月ほど。乗馬と弓を教えました」

「どのくらいできる?」

「常歩と速歩は問題ありません。弓も、近距離なら当てられます」

テムジンが少し笑った。

「半月でそこまでか。アーチャイ、お前も教えるのが上手くなったな」

「恐縮です」


---

「星歌」

テムジンが呼んだ。

「はい」

「お前、ここで何をしたい?」

星歌は戸惑った。

「...分かりません」

「正直だな」

テムジンが笑った。

「ならば、とりあえずここにいろ」

「...よろしいのですか?」

「ああ。草原では、迷子は拾うものだ」

テムジンが立ち上がった。

「ボオルチュ、この娘をどこかに置いてやれ」

「承知しました」

ボオルチュが星歌を見た。

「ついて来い」


---

ゲルを出た。

ボオルチュが先を歩く。

星歌は緊張しながら後を追った。

「お前、本当に何も覚えていないのか?」

ボオルチュが聞いた。

「...はい」

嘘をつくのは、もう慣れてきた。

「まあいい」

ボオルチュが小さなゲルの前で止まった。

「ここを使え。女たちと一緒だ」

中を覗くと、何人かの女性がいた。

「よろしくお願いします」

星歌が頭を下げた。

「うむ。困ったことがあれば、アーチャイに言え」

ボオルチュが去っていった。


---

その夜。

星歌は一人、ゲルの外に立っていた。

星が無数に輝いている。

(ここが...草原の中心)

(チンギス・ハンがいる場所)

星歌は空を見上げた。

「星歌」

アーチャイの声がした。

「はい」

「明日から、また訓練だ。ボオルチュ様の命令だ」

「...はい」

「早く寝ろ」

「はい」

星歌はゲルに戻った。

(ここで...生きていくんだ)

目を閉じた。



翌朝。

アーチャイはすぐには来なかった。

「今日は自由にしていい」

昨夜、そう言われていた。

星歌はゲルを出た。

朝日が草原を照らしている。

(アウラガ...見て回ろう)


---

まず、訓練場に向かった。

広い空き地で、兵士たちが訓練している。

馬を走らせ、弓を射る。

剣を振るい、組み合う。

掛け声が響く。

「やあっ!」

「もう一度!」

指導している男が大声で命じる。

兵士たちは疲れた顔をしているが、誰も休まない。

(すごい...みんな強そう)

星歌は見入った。

その時、一人の兵士が星歌に気づいた。

「おい、お前。見学か?」

「あ、はい...」

「なら邪魔するな。向こうへ行け」

「すみません」

星歌は慌てて離れた。


---

次に、市場のような場所に着いた。

ゲルが何軒も並び、商人たちが品物を並べている。

羊の毛皮、乾燥肉、弓、矢、革製品。

「安いよ!上質な毛皮だよ!」

「矢が要るかい?」

商人たちが声を上げている。

星歌は興味深そうに見て回った。

ある店の前で立ち止まった。

布が並んでいる。

「お嬢さん、いい布だよ。触ってごらん」

商人が笑顔で勧める。

星歌は手を伸ばした。

柔らかい。

「これは羊毛だ。暖かいよ」

「...綺麗ですね」

「買うかい?」

「あ、いえ...お金がなくて」

「そうか。残念だ」

商人は笑った。

星歌は頭を下げて、次へ進んだ。


---

川のほとりに出た。

女たちが洗濯をしている。

子供たちが鬼ごっこをしている。

「キャハハ!」

「待てー!」

笑い声が響く。

平和な光景だった。

(ここにも...普通の生活があるんだ)

星歌は少しほっとした。

一人の女性が声をかけてきた。

「あら、見ない顔ね」

「あ、はい。昨日来たばかりで...」

「そう。私はサラン。よろしくね」

「星歌です。よろしくお願いします」

「星歌?変わった名前ね」

サランが笑った。

「どこから来たの?」

「それは...」

「まあいいわ。ここは色んな人が来るから」

サランが洗濯物を絞った。

「困ったことがあったら、言ってね」

「ありがとうございます」

星歌は嬉しくなった。

(優しい人もいる)


---

中心部に戻ってきた。

大きなゲルの前で、人が集まっていた。

何かの会議のようだ。

星歌は遠くから見ていた。

ボオルチュが何人かの男たちと話している。

「西の部族から、報告が来ている」

「ナイマンの残党が、まだ動いているようだ」

「どうする?」

「討伐隊を送る。すぐに準備しろ」

ボオルチュの声は、厳しい。

男たちが頷いて、散っていった。

(ボオルチュさん...忙しそう)

星歌は邪魔にならないよう、離れた。


---

馬の厩舎に着いた。

たくさんの馬がいる。

星歌は自分が乗っていた馬を探した。

「あ、いた」

馬が星歌を見て、鼻を鳴らした。

「久しぶり」

星歌が背中を撫でる。

馬は嬉しそうに頭を擦り付けてきた。

「元気だった?」

馬は答えられないが、星歌は笑顔になった。

「また、よろしくね」


---

昼過ぎ、星歌は小高い丘に登った。

ここからアウラガ全体が見渡せる。

ゲルが何十も並んでいる。

人々が行き交っている。

馬が走り、煙が上がっている。

(ここが...モンゴル帝国の中心)

星歌は感慨深かった。

(歴史の教科書で読んだ時代に、今いるんだ)



---

その時、誰かが登ってきた。

振り返ると、アーチャイだった。

「ここにいたか」

「はい」

「どうだ、アウラガは」

「...大きいです。人がたくさんいて、活気があります」

「そうだな」

アーチャイが隣に立った。

「ここは、殿が作り上げた場所だ」

「...テムジン様が?」

「ああ。数年前まで、ここは何もなかった。だが今は、草原の中心だ」

アーチャイが遠くを見た。

「そして、これからもっと大きくなる」

「...」

「星歌、お前もその一部になるんだ」

「私が...ですか?」

「ああ。お前がここに来たのは、何か意味があるはずだ」

アーチャイが星歌を見た。

「まだ分からなくてもいい。いずれ分かる」

星歌は頷いた。

「...はい」

二人は、しばらく景色を見ていた。


---

夕方、ゲルに戻った。

他の女性たちが夕食の準備をしている。

「星歌、手伝って」

サランが呼んだ。

「はい!」

星歌は駆け寄った。

野菜を切り、肉を焼く。

簡単な作業だが、楽しかった。

「上手ね」

「ありがとうございます」

夕食ができた。

みんなで囲んで食べる。

笑い声が響く。

(ここで...生きていけるかもしれない)

星歌は思った。


---

その夜。

星歌は一人、外に出た。

星が輝いている。

星歌は緑の本を取り出した。

「もう一人、同じ本を持っている人がいます」

また子供の言葉を思い出す。

(その人...アウラガにはいないみたい)

(なら、まだ遠くにいるのかな)

星歌は本を抱きしめた。

(いつか...きっと会えるはず)

そう信じて、星歌は空を見上げた。

秋の一等星・アークトゥルスが瞬いた。

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