XIV 首都
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
草原に来て半月後。
アウラガに到着した。
コイテンよりずっと大きい。
ゲルが何十も並び、人々が行き交っている。
兵士たちが訓練し、商人が荷を運んでいる。
「ここが...」
星歌が呟いた。
「アウラガだ。殿の本拠地」
アーチャイが馬を降りた。
星歌も降りる。
足が少し震えた。
(ここに...私でも名前を知ってるチンギス・ハンがいる)
---
中心部の大きなゲルに向かった。
護衛の兵士が二人を見た。
「アーチャイか。帰ったのか」
知り合いのようだ。
「ああ。殿におられるか?」
「中におられる。ボオルチュ様も」
「そうか」
アーチャイが星歌を見た。
「行くぞ」
「はい」
星歌は深呼吸した。
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ゲルの中に入った。
中央に、一人の男が座っていた。
40代くらい。
鋭い目。
圧倒的な覇気。
(この人が...テムジン)
星歌は息を呑んだ。
その隣に、もう一人。
ボオルチュだ。
地図を広げて、何か話し合っている。
「アーチャイか」
テムジンが言った。
「はい、殿。帰参いたしました」
アーチャイが跪く。
星歌も慌てて跪いた。
「顔を上げよ」
二人は顔を上げた。
テムジンが星歌を見た。
「...女か」
「はい。コイテンで保護いたしました」
「名は?」
アーチャイが星歌を見る。
「...星歌です」
星歌が答えた。
声が震えた。
テムジンは星歌をじっと見つめた。
「珍しい名だな」
「...はい」
「どこから来た?」
「それは...覚えていません」
テムジンは少し目を細めた。
「ふむ」
沈黙。
星歌は心臓が飛び出そうだった。
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「ボオルチュ」
テムジンが呼んだ。
「はい」
「どう思う?」
ボオルチュが星歌を見た。
鋭い目。
値踏みするような視線。
「...怪しいですが、敵意はなさそうです」
「そうか」
テムジンが頷いた。
「アーチャイ、育てたのか?」
「はい。半月ほど。乗馬と弓を教えました」
「どのくらいできる?」
「常歩と速歩は問題ありません。弓も、近距離なら当てられます」
テムジンが少し笑った。
「半月でそこまでか。アーチャイ、お前も教えるのが上手くなったな」
「恐縮です」
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「星歌」
テムジンが呼んだ。
「はい」
「お前、ここで何をしたい?」
星歌は戸惑った。
「...分かりません」
「正直だな」
テムジンが笑った。
「ならば、とりあえずここにいろ」
「...よろしいのですか?」
「ああ。草原では、迷子は拾うものだ」
テムジンが立ち上がった。
「ボオルチュ、この娘をどこかに置いてやれ」
「承知しました」
ボオルチュが星歌を見た。
「ついて来い」
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ゲルを出た。
ボオルチュが先を歩く。
星歌は緊張しながら後を追った。
「お前、本当に何も覚えていないのか?」
ボオルチュが聞いた。
「...はい」
嘘をつくのは、もう慣れてきた。
「まあいい」
ボオルチュが小さなゲルの前で止まった。
「ここを使え。女たちと一緒だ」
中を覗くと、何人かの女性がいた。
「よろしくお願いします」
星歌が頭を下げた。
「うむ。困ったことがあれば、アーチャイに言え」
ボオルチュが去っていった。
---
その夜。
星歌は一人、ゲルの外に立っていた。
星が無数に輝いている。
(ここが...草原の中心)
(チンギス・ハンがいる場所)
星歌は空を見上げた。
「星歌」
アーチャイの声がした。
「はい」
「明日から、また訓練だ。ボオルチュ様の命令だ」
「...はい」
「早く寝ろ」
「はい」
星歌はゲルに戻った。
(ここで...生きていくんだ)
目を閉じた。
翌朝。
アーチャイはすぐには来なかった。
「今日は自由にしていい」
昨夜、そう言われていた。
星歌はゲルを出た。
朝日が草原を照らしている。
(アウラガ...見て回ろう)
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まず、訓練場に向かった。
広い空き地で、兵士たちが訓練している。
馬を走らせ、弓を射る。
剣を振るい、組み合う。
掛け声が響く。
「やあっ!」
「もう一度!」
指導している男が大声で命じる。
兵士たちは疲れた顔をしているが、誰も休まない。
(すごい...みんな強そう)
星歌は見入った。
その時、一人の兵士が星歌に気づいた。
「おい、お前。見学か?」
「あ、はい...」
「なら邪魔するな。向こうへ行け」
「すみません」
星歌は慌てて離れた。
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次に、市場のような場所に着いた。
ゲルが何軒も並び、商人たちが品物を並べている。
羊の毛皮、乾燥肉、弓、矢、革製品。
「安いよ!上質な毛皮だよ!」
「矢が要るかい?」
商人たちが声を上げている。
星歌は興味深そうに見て回った。
ある店の前で立ち止まった。
布が並んでいる。
「お嬢さん、いい布だよ。触ってごらん」
商人が笑顔で勧める。
星歌は手を伸ばした。
柔らかい。
「これは羊毛だ。暖かいよ」
「...綺麗ですね」
「買うかい?」
「あ、いえ...お金がなくて」
「そうか。残念だ」
商人は笑った。
星歌は頭を下げて、次へ進んだ。
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川のほとりに出た。
女たちが洗濯をしている。
子供たちが鬼ごっこをしている。
「キャハハ!」
「待てー!」
笑い声が響く。
平和な光景だった。
(ここにも...普通の生活があるんだ)
星歌は少しほっとした。
一人の女性が声をかけてきた。
「あら、見ない顔ね」
「あ、はい。昨日来たばかりで...」
「そう。私はサラン。よろしくね」
「星歌です。よろしくお願いします」
「星歌?変わった名前ね」
サランが笑った。
「どこから来たの?」
「それは...」
「まあいいわ。ここは色んな人が来るから」
サランが洗濯物を絞った。
「困ったことがあったら、言ってね」
「ありがとうございます」
星歌は嬉しくなった。
(優しい人もいる)
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中心部に戻ってきた。
大きなゲルの前で、人が集まっていた。
何かの会議のようだ。
星歌は遠くから見ていた。
ボオルチュが何人かの男たちと話している。
「西の部族から、報告が来ている」
「ナイマンの残党が、まだ動いているようだ」
「どうする?」
「討伐隊を送る。すぐに準備しろ」
ボオルチュの声は、厳しい。
男たちが頷いて、散っていった。
(ボオルチュさん...忙しそう)
星歌は邪魔にならないよう、離れた。
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馬の厩舎に着いた。
たくさんの馬がいる。
星歌は自分が乗っていた馬を探した。
「あ、いた」
馬が星歌を見て、鼻を鳴らした。
「久しぶり」
星歌が背中を撫でる。
馬は嬉しそうに頭を擦り付けてきた。
「元気だった?」
馬は答えられないが、星歌は笑顔になった。
「また、よろしくね」
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昼過ぎ、星歌は小高い丘に登った。
ここからアウラガ全体が見渡せる。
ゲルが何十も並んでいる。
人々が行き交っている。
馬が走り、煙が上がっている。
(ここが...モンゴル帝国の中心)
星歌は感慨深かった。
(歴史の教科書で読んだ時代に、今いるんだ)
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その時、誰かが登ってきた。
振り返ると、アーチャイだった。
「ここにいたか」
「はい」
「どうだ、アウラガは」
「...大きいです。人がたくさんいて、活気があります」
「そうだな」
アーチャイが隣に立った。
「ここは、殿が作り上げた場所だ」
「...テムジン様が?」
「ああ。数年前まで、ここは何もなかった。だが今は、草原の中心だ」
アーチャイが遠くを見た。
「そして、これからもっと大きくなる」
「...」
「星歌、お前もその一部になるんだ」
「私が...ですか?」
「ああ。お前がここに来たのは、何か意味があるはずだ」
アーチャイが星歌を見た。
「まだ分からなくてもいい。いずれ分かる」
星歌は頷いた。
「...はい」
二人は、しばらく景色を見ていた。
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夕方、ゲルに戻った。
他の女性たちが夕食の準備をしている。
「星歌、手伝って」
サランが呼んだ。
「はい!」
星歌は駆け寄った。
野菜を切り、肉を焼く。
簡単な作業だが、楽しかった。
「上手ね」
「ありがとうございます」
夕食ができた。
みんなで囲んで食べる。
笑い声が響く。
(ここで...生きていけるかもしれない)
星歌は思った。
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その夜。
星歌は一人、外に出た。
星が輝いている。
星歌は緑の本を取り出した。
「もう一人、同じ本を持っている人がいます」
また子供の言葉を思い出す。
(その人...アウラガにはいないみたい)
(なら、まだ遠くにいるのかな)
星歌は本を抱きしめた。
(いつか...きっと会えるはず)
そう信じて、星歌は空を見上げた。
秋の一等星・アークトゥルスが瞬いた。
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