XIII 業務
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
〜少し時は遡る〜
「舜」
草原に来て10日が経った頃、ボオルチュに呼ばれた。
「はい」
「今日から私について来い。内政を学んでもらう。タリゲーンと共に舜も処理しろ」
ボオルチュがゲルの外を歩き出す。
舜は慌てて後を追った。
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訓練場を過ぎ、集落の中心に着いた。
そこには、数十人の部族民が集まっていた。
「ボオルチュ様!」
「訴えを聞いてください!」
口々に訴える人々。
「静まれ」
ボオルチュが手を上げた。
一瞬で静かになる。
「一人ずつ話せ。まず、お前から」
ボオルチュが一人の男を指差した。
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「隣の部族が、我らの羊を盗みました!」
男が訴える。
「証拠は?」
「この毛です。我らの羊の印がついています」
男が羊の毛を差し出した。
ボオルチュは受け取り、じっくりと見た。
「確かに印がある。盗んだ部族の者を呼べ」
しばらくして、別の男が連れてこられた。
「盗んだのか?」
「いえ!これは野良の羊を拾っただけで...」
「嘘をつくな」
ボオルチュの声が低くなる。
「殿の法では、盗みは重罪だ」
男は青ざめた。
「ただし」
ボオルチュが続けた。
「初犯なら、罰金で済む。羊三頭分の価値を払え」
「...はい」
男は頭を下げた。
舜は横で記録を取りながら、感心していた。
(厳しいけど、公正だ)
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舜たちが応じた訴えは、土地の境界争いだった。
「ここは我らの土地だ!」
「いや、我らの方が先に使っていた!」
二つの部族が言い争っている。
タリゲーンは地図を広げた。
「古い記録を見ろ。ここに境界が記されている」
「だが、それは10年前の...」
「法は法だ」
タリゲーンが断じた。
「境界は変わらぬ。ただし、共同で使うことは認める」
二つの部族は渋々頷いた。
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昼過ぎ、訴えが一段落した。
「疲れたか?」
ボオルチュが聞いた。
「少し...」
舜は正直に答えた。
「これが内政だ。地味だが、重要だ」
ボオルチュが水を飲んだ。
「戦で領土を広げても、内がまとまらねば意味がない」
「...はい」
「殿は戦の天才だ。だが、内政は苦手だ」
タリゲーンが言った。
「だから、私たちがやる」
舜は頷いた。
「そうだ。殿がお前を側に置いたのは、理由がある」
「理由、ですか?」
ボオルチュが遠くを見た。
「殿は、もっと大きな世界を見ている」
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午後、食料備蓄の倉庫に向かった。
「これが、今年の収穫だ」
倉庫には、穀物や干し肉が山積みになっている。
「舜、計算しろ。これで冬を越せるか?」
「...はい」
舜は記録を見ながら、計算を始めた。
人口、消費量、期間...
「恐らく、ギリギリですが...足りるかと」
「甘い」
ボオルチュが首を振った。
「冬は予想より長引くことがある。余裕を持て」
「では...」
「西夏から買う」
ボオルチュが言った。
「...西夏、ですか?」
「そうだ。西夏は豊かな国だ。穀物が余っている」
「ですが、西夏は...」
「敵になる国だ。分かっている」
タリゲーンが言った。
「だが、今はまだ友好を保っている。この冬を越すためには、奴らから買うしかない」
「...」
「ただし」
ボオルチュの目が鋭くなった。
「来年、再来年には、戦になるだろう」
「殿が、そう言っているのですか?」
「ああ。西夏を抑えれば、交易の道を握れる。それが殿の狙いだ」
タリゲーンが言った。
舜は頭に刻んでおく。
(西夏...いずれ戦う国)
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夕方、ゲルに戻った。
「ボオルチュ」
テムジンが呼んだ。
「はい」
「報告だ。ジャムカの痕跡を掴んだ」
舜は耳を疑った。
「...ジャムカですか?」
「ああ」
テムジンが地図を広げた。
「豊海の南にいるらしい」
「追いますか?」
「いや、まだだ」
テムジンが首を振った。
「冬が来る。今は動けん」
「では、春に?」
「ああ。春になったら、決着をつける」
テムジンの目が光った。
「ジャムカは、最後の敵だ」
舜はゴクリと唾を飲んだ。
(ジャムカ...殿の義兄弟)
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その夜、舜は一人でゲルの外に立っていた。
星が無数に輝いている。
(ジャムカ...西夏...)
(来年、全てが動き出す)
舜は空を見上げた。
「舜」
ボオルチュの声がした。
「はい」
「考え事か?」
「少し...」
「お前、誰か大切な人がいるのか?」
ボオルチュが横に立った。
「...いえ。誰も」
「そうか」
ボオルチュが空を見た。
「私はいる。殿だ」
「...」
二人は、しばらく星を見上げていた。
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翌朝、テムジンに呼ばれた。
「舜」
「はい」
「西夏に使者を送る。お前も同行しろ」
「...!?」
「字を書ける者が必要だ。ボオルチュは忙しい。お前が行け」
舜は震えた。
「ですが、私はまだ...」
「大丈夫だ。ボオルチュの部下をつける」
テムジンが笑った。
「西夏がどんな国か、その目で見てこい」
「...はい!」
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数日後、舜はボオルチュの部下と共に南へ向かうことになった。
出発の朝、ボオルチュが見送りに来た。
「気をつけろ」
「はい」
「西夏は豊かだが、油断するな」
「...はい」
「そして」
ボオルチュが真剣な顔をした。
「よく見てこい。あの国を、いずれ攻めることになる」
舜は頷いた。
(西夏...)
(これが、俺の初めての外交だ)
馬に乗り、南へ向かった。
草原が、徐々に遠ざかっていく。
(俺は、必ず生きて帰る)
舜は前を見た。
未知の国へ。
歴史が、また一歩動き出した。
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