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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
臥竜、雲を掴む
12/22

Ⅺ 遼かなる西

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

今回は長めです。西遼&ホラズム・シャーという西の二雄の登場です。

1204年、西遼の都・虎思斡耳朶(フスオルド)

玉座の間。

第5代皇帝・耶律直魯古(やりつちょくろこ)が鷹揚に座っている。

40代。堂々とした風格。

「陛下」

宰相の楊安仁が進み出た。

「グチュルクが、また軍の増強を求めております」

「ふむ」

直魯古は静かに頷いた。

「何度目だ?」

「これで三度目です」

「欲深い男だな」

直魯古が苦笑する。

その時、扉が開いた。

グチュルクが入ってきた。

20代半ば。鋭い目つき。

「陛下」

グチュルクが跪く。

「顔を上げよ、グチュルク」

「ありがとうございます」

グチュルクが立ち上がった。

「陛下、東からの脅威が増しております。モンゴルという部族が」

「知っている」

直魯古が静かに言った。

「だからこそ、我らは備えねばなりません。兵を増やし、城を固め―」

「グチュルク」

直魯古が遮った。

「お前に与えた兵で十分だ」

「ですが!」

「十分だ」

耶律の声は穏やかだが、有無を言わせぬ重みがあった。

グチュルクは歯噛みした。

「...承知しました」

グチュルクが退出した。


---

グチュルクが去った後。

「陛下、グチュルクは危険です」

楊安仁が言った。

「分かっている」

直魯古が立ち上がった。

「だが、今は使える。ナイマンから逃げてきた時、奴は兵を連れてきた。貴重な戦力だ」

「しかし、野心が...」

「だからこそ、飼い殺しにするのだ」

直魯古が窓の外を見た。

「適度に褒め、適度に権限を与える。だが、決して核心には触れさせぬ」

楊安仁は感嘆した。

「さすがでございます」

「それに」

直魯古が微笑んだ。

「テムジンという男から、書簡が届いている」

「...!?」

楊安仁が驚いた。

「何と?」

「『グチュルクを信じるな』と。公的な文書と別にな」

直魯古が書簡を取り出した。

シンプルな文面。

だが、重みがある。

「テムジンも、グチュルクの危険性を知っているのだ」

「陛下は...どうなさいますか?」

「見張る。だが、今は泳がせておく」

直魯古が書簡を仕舞った。

「グチュルクは焦っている。焦る者は、いずれ墓穴を掘る」

「では、その時まで?」

「ああ。その時まで待つ」

直魯古は玉座に戻った。

「楊安仁」

「はい」

「グチュルクに、西の国境守備を任せよ」

「...西、ですか?」

「そうだ。ホラズムとの国境だ。そこで、好きなだけ『活躍』させてやれ」

直魯古が笑った。

「都から遠ざけ、小さな成功を与える。それで奴は満足するだろう」

「...なるほど」

楊安仁は深く頭を下げた。

「陛下の知恵、恐れ入ります」


---

その夜。

グチュルクは自室で苛立っていた。

「くそっ...!」

拳を壁に叩きつける。

「俺は...ナイマンの王子だったんだぞ!」

だが、今は亡命者。

西遼の庇護の下にいる身。

「いつか...いつか必ず...」

グチュルクの目が光った。

「この国を、俺のものにする」

だが、彼はまだ知らない。

すべては直魯古の手の平の上だということを。


---

翌日、グチュルクに命令が下された。

「西の国境守備を任じる」

グチュルクは喜んだ。

「ありがとうございます、陛下!」

(やっと認められた!)

だが、楊安仁は冷ややかに見ていた。

(愚か者め。都から追い出されたことにも気づかぬか)

直魯古は静かに微笑んでいた。

(さて、どこまで泳ぐか。見ものだな)




1204年、サマルカンド

ホラズム・シャー朝の都。

玉座の間に、アラーウッディーン・ムハンマドが座っていた。

30代。野心に満ちた目。

「陛下」

宰相が進み出た。

「西のバグダードより、カリフからの使者が参りました」

「カリフか」

アラーが鼻で笑った。

「あの無能な坊主どもが、何の用だ?」

「それは...」

宰相が困惑する。

「通せ」


---

カリフの使者が入ってきた。

黒い衣をまとった老人。

「シャー・アラーウッディーン・ムハンマド陛下。我らがカリフ、アン・ナースィルより、ご挨拶を」

「挨拶はいい。用件を言え」

アラーが横柄に言った。

使者は眉をひそめた。

「...陛下の最近の行動について、カリフは懸念しておられます」

「懸念?」

アラーが立ち上がった。

「俺が何をした?」

「カリフの許可なく、領土を拡大し、近隣諸国を攻めておられる。これは...」

「黙れ」

アラーの声が響いた。

「俺がこの国を強くして、何が悪い?」

「シャーは、カリフの臣下であるはず―」

「臣下?」

アラーが笑った。

「俺がカリフの臣下だと?」

アラーが使者に近づいた。

「いいか、よく聞け。カリフなど、名ばかりの存在だ。実際に軍を動かし、領土を広げているのは、この俺だ」

使者は青ざめた。

「それは...神への冒涜です!」

「冒涜?」

アラーが嘲笑う。

「神がもし本当に偉大なら、なぜカリフはバグダードの小さな都にしがみついている?」

「陛下!」

「出ていけ」

アラーが命じた。

「カリフに伝えろ。『お前の時代は終わった』とな」

使者は震えながら退出した。


---

使者が去った後。

「陛下...」

宰相が心配そうに言った。

「カリフを怒らせては...」

「構わん」

アラーが手を振った。

「あんな老いぼれ、恐れる必要などない」

「ですが、イスラム世界全体を敵に回すことに...」

「恐れているのか?」

アラーが睨みつけた。

宰相は黙った。

「いいか」

アラーが玉座に座り直した。

「この世界は、強い者が支配する。弱い者は滅びる。それだけだ」

「俺はホラズムを、世界最強の国にする」

アラーの目が光った。

「ペルシア、アフガニスタン、西遼。全てを手に入れる」

「そして―」

アラーが東を見た。

「いずれは、あの金国も、草原も、全て俺のものだ」

宰相は何も言えなかった。

(陛下は...狂っている)


---

その夜、別室。

若きジャラール・ウッディーン(5歳)が、祖母と共にいた。

「お祖母様、父上は...なぜいつも怒っているのですか?」

幼いジャラールが聞いた。

祖母、テルケン・ハトゥンが溜息をついた。

「お前の父は...野心の塊なのです」

「野心?」

「全てを手に入れたい。全てを支配したい。そういう人なのです」

テルケン・ハトゥンは孫を抱きしめた。

「でも、それは...危険なことでもあります」

「危険?」

「いつか、身を滅ぼすかもしれません」

祖母の声が震えた。

「ジャラール、あなたは...父のようになってはいけません」

「...はい」

幼いジャラールは、まだ理解できなかった。

だが、この言葉が、後に彼の運命を決めることになる。


---

一方、宮廷の一角。

側近たちが密かに集まっていた。

「陛下は危険だ」

「カリフまで敵に回した」

「このままでは...」

「静かにしろ」

筆頭の将軍・イナチュクが言った。

「陛下は強い。それは認めざるを得ない」

「だが、傲慢すぎる」

「いずれ...誰かが陛下を止めるだろう」

「誰が?」

「分からぬ。だが...」

イナチュクが東を見た。

「東に、何か感じる。嵐のような...」

「西遼ですか?」

「まさか、モンゴル?」

「あんな辺境の部族が?」

「分からぬ。だが...何かが来る」

イナチュクは立ち上がった。

「我らは、その時に備えるしかない」


---

1204年。

ホラズムは隆盛していた。

だが、その傲慢さが、後の破滅を招くことになる。

アラーウッディーン・ムハンマドは、まだ知らない。

東の草原で、一人の男が台頭していることを。

チンギス・カンと名乗ることになる男を。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E8%A5%BF%E9%81%BC.png#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:%E8%A5%BF%E9%81%BC.png

の地図を見てくだされば、当時の西アジアは理解しやすいと思います。

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