Ⅹ 邂逅
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
「おい、小僧とはなんだ。我らが共に旅をした時もこんな小僧だったではないか」
テムジンが諭した。
「それもそうですが、何分人を避けて話し合われなくても」
ボオルチュが抗議した。
「ボオルチュ殿、舜と申します。」
ここはとりあえず会話を止めてでも喋らねば。
「おお、そうか。私はボオルチュと言う。この草原の内政を主にしている。」
ボオルチュがなんとなく不審感を拭いきれなさそうな顔で言った。
「そうですか、私は殿より史書の編纂及び従者を仰せつかっています。」
「殿!こんな拾ったどこの馬の骨ともわからぬ…」
「ボオルチュ、こっちに来い。いや、2人で遠乗りしよう。久しぶりにな。」
テムジンが呼ぶ。
ボオルチュは溜息をついた。
「わかりました」
二人でゲルを出た。
外では、兵士たちが訓練をしている。
馬が走り、弓が放たれる。
舜は手にした記録を整理しながら、二人の後ろ姿を見つめた。
(ボオルチュ殿...あの人も、殿の歴史を作ってきた人なんだ)
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しばらくして、ボオルチュが戻ってきた。
一人だった。
「舜」
ボオルチュが呼んだ。
「はい」
舜は顔を上げた。
「少し話がある。ついて来い」
ボオルチュの声は、さっきより柔らかかった。
二人は牧場の脇を歩いた。
草原の風が吹いている。
「お前...本当に漢人か?」
ボオルチュが聞いた。
「はい」
「どこから来た?」
「それは...覚えていません」
舜は嘘をついた。
ボオルチュは舜を見つめた。
鋭い目だ。
「嘘をつくのは上手くないな」
舜は一瞬呼吸を忘れた。
「だが、構わん」
ボオルチュが視線を逸らした。
「殿が認めた者を、私が疑っても仕方ない」
「...ありがとうございます」
「礼を言うな」
ボオルチュが立ち止まった。
「私は殿に命を救われた。9歳の時、草原を彷徨っていた私を、殿の父上が拾ってくれた」
舜は黙って聞いた。
「12歳の時、父上が亡くなった。その後、殿と二人で旅をした」
ボオルチュの目が遠くを見た。
「あの頃は何もなかった。だが、今がある」
「殿は、私の全てだ」
ボオルチュが舜を見た。
「だから言っておく。もし殿を裏切れば、私が真っ先にお前を殺す」
舜は背筋が凍った。
「だが」
ボオルチュが少し笑った。
「殿がお前を信じているなら、私も信じよう」
ボオルチュが手を差し出した。
「よろしく頼む。舜」
舜は手を握った。
「はい。よろしくお願いします、ボオルチュ殿」
固い握手。
舜とボオルチュの邂逅だった。
「さて、戻るか」
ボオルチュが歩き出した。
舜も後に続いた。
「舜」
翌朝、テムジンに呼ばれた。
「はい」
「今日から実際に政務を手伝ってもらう」
テムジンがゲルの中央に座っている。
周りには書簡や地図が広げられていた。
「書くだけではなく、動け。この国がどう動いているのか、肌で感じろ」
「はい!」
舜は緊張しながら頷いた。
「まず、これを読め」
テムジンが一通の書簡を渡してきた。
舜は開いて読んだ。
「...これは、西遼からの使者の報告ですか?」
「そうだ。西遼が貢物を送ってきた。どう思う?」
舜は考えた。
「恐らく...我々を恐れているのでは?」
「そうだ。奴らはモンゴルが統一されたことを知っている。だから、友好を示そうとしている」
テムジンが笑った。
「だが、それは弱さの証明でもある」
舜は息を呑んだ。
「返書を書け」
「...何と?」
「『貢物は受け取った。今後も友好を保とう』とでも書いておけ」
「それでよろしいのですか?」
「ああ。今はまだ西遼と戦う時ではない。まずは内部を固める。残党も多いしな」
テムジンが地図を指差した。
「だが、数年後には攻める。その時のために、今は友好的に振る舞うのだ」
面従腹背ということか。
「書け」
「はい」
舜は筆を取った。
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1週間が経ち、その後、次々と仕事が舞い込んできた。
「この部族からの訴えを聞いて、判断しろ」
「兵の配置を記録しろ」
「食料の備蓄を計算しろ」
忙しい。
だが、充実していた。
夕方、やっと一息ついた時。
「舜」
テムジンが呼んだ。
「はい」
「よくやった。お前は思ったより使える」
テムジンが珍しく褒めた。
「ありがとうございます」
「ただ、まだ甘い」
「...はい」
「字を書くのは上手い。だが、人を見る目がまだ足りん」
テムジンが立ち上がった。
「明日、ボオルチュについていけ。内政がどう動いているのか、学んでこい」
「はい!」
「それと」
テムジンが振り返った。
「お前は漢人だ。漢土のことを知っている」
「...はい」
本当は地名しかわからないのだが。
「いずれ、金や南宋と戦う時が来る。その時、お前の知識が必要になる」
舜は頷いた。
「期待しているぞ」
テムジンがゲルを出ていった。
舜は一人残された。
手元には、一日分の書類の山。
返書、記録、計算書。
(これが...国を動かすということか)
舜は深く息をついた。
そして、窓の外を見た。
夕日が草原を染めている。
(ここで、歴史が作られている。俺も...その一部になるんだ)
舜は再び筆を取った。
まだやることがある。
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