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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
臥竜、雲を掴む
10/21

Ⅸ 盟友

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

まだ朝にならないうちにテムジン1人が起き出して、史料の整理を続ける舜の前に座った。

「昨日の続きだ」

テムジンが言った。

「1年前、ケレイトとの戦いについて話そう」

舜は筆を構えた。

「トオリル・ハン。ケレイト王国の王で、父イェスゲイの義兄弟だった男だ」

テムジンの声が重い。

「父が死んだ後、俺が困窮していた時、トオリルは助けてくれた。メルキトとの戦いでも力を貸してくれた。俺は彼を父のように慕っていた」

「だが、タタルを倒した後、全てが変わった」

テムジンが拳を握る。

「トオリルの息子、センゲムが俺を恐れ始めた。『テムジンは強くなりすぎた。いずれ我らを滅ぼすだろう』と父に吹き込んだ」

「トオリルは迷っていた。だが、最終的にセンゲムの言葉を信じた」

舜は息を呑んだ。

「ある日、俺は婚姻の話を持ちかけられた。罠だと分かっていたが、疑うわけにもいかず、少数の供回りで向かった。俺にも油断があったのかもしれん。」

「案の定、待ち伏せされた」

テムジンの目が鋭くなる。

「ケレイト軍に囲まれた。数で圧倒的に不利だった。俺は撤退を決断した」

「負けたのですか?」

「一度はな」

テムジンが苦笑する。

「バルジュナ湖まで逃げた。手勢は僅か。絶体絶命だった。そこで誓いを立てた。『この苦難を共に乗り越えた者たちを、決して裏切らない』と」

舜の手が震えた。

「その後、体勢を立て直した。本拠に戻り、散っていた兵を集め、反撃に転じた」

テムジンが立ち上がった。

「秋、ケレイトの本拠を夜襲した。奴らは油断していた。三日三晩戦い、ケレイトを打ち破った」

「トオリル・ハンは逃げたが、途中でナイマンの兵に殺された。センゲムも逃走中に死んだ」

テムジンの表情が曇る。

「恩人を討つのは辛かった。だが、向こうが先に裏切った。俺に選択肢はなかった」

沈黙。

「ケレイト王国は滅びた。その領土と民は、全て俺のものになった」

テムジンが外を見た。


「だが、まだ終わりではない。最後の敵が残っていた」

「ナイマン王国だ」

舜は身を乗り出した。

「ナイマンは西の強国。ダヤンという老獪な王が治めていた。奴はジャムカ、メルキトの残党、ケレイトの生き残り、タイチウト氏の者たちを匿っていた」

「つまり、俺の敵が全てナイマンに集まっていた」

テムジンの目が光る。

「今年の春、俺は全軍を率いてナイマンに攻め込んだ」

テムジンの声に力が入る。

「ダヤンは病を患っていたが、それでも自ら軍を率いて出てきた。勇敢な男だった」

「両軍が対峙した時、ナイマン側から伝令が来た。『テムジンの軍は馬が痩せている』と嘲笑する内容だった」

テムジンが笑った。

「だが、それが奴らの慢心だった。俺の兵は少数精鋭。一人一人が百戦錬磨の戦士だ」

「戦いが始まった」

テムジンの声が低くなる。

「激戦だった。ナイマン軍は強かった。だが、俺たちの方が一枚上手だった」

「俺は何人もの豪傑の将たちを使い、ナイマン軍を分断した」

「ダヤンは戦場で討ち死にした。息子クチュルクは西へ逃げた。ジャムカも逃げた。メルキトの残党も散った」

「ナイマン王国は崩壊した」

テムジンが深く息をついた。

「これで、モンゴル高原の主要な部族と国は全て倒した」

「タイチウト、ジャムカの勢力、メルキト、タタル、ケレイト、ナイマン。全てだ」

舜の手が震えた。

「今、この草原はほぼ俺の手に落ちている」

テムジンが舜を見た。


「全ての残党を討伐した後の再来年には、諸部族の長たちを集める。クリルタイだ。そこで、俺は正式にモンゴル全体のハンに推戴されるだろう」

舜は息を呑んだ。

チンギス・ハンの誕生。歴史の転換点。

「だが、これは始まりに過ぎん」

テムジンの目が、遠くを見つめた。

「南には西夏と金がある。西にはホラズム、西遼がある。その先には、まだ見ぬ世界が広がっている」

「モンゴルの統一は、第一歩だ。俺はもっと先を見ている」

舜は震えた。

この男は本気だ。本当に世界を変えようとしている。

「舜よ」

テムジンが呼んだ。

「はい」

「お前はこの全てを見届け、書き記せ。俺の戦いを。俺の夢を。そして、俺が作る新しい世界を」

「必ず」

舜は深く頭を下げた。

テムジンが立ち上がった。

「明日からは政務を手伝ってもらう。書くだけではなく、実際に動け。この国がどう動いているのか、肌で感じろ」

「はい!」

舜はゲルを出た。

いつの間にか日が中天にかかっている。

外では、兵士たちが訓練をしている。

馬が走り、弓が放たれる。

(ここから、全てが始まる)

舜は空を見上げた。

(モンゴル帝国の、本当の始まりが)

テムジンが遠くを見た。

「何か来たな。ボオルチュか、あれは。」

テムジンが言った。

草原の風が、舜の髪を揺らした。


「ボオルチュ?殿が来たのですか?」

「ああ、急いで疾駆して来るわ。よほど、今まで近づけてことのない漢人と一晩語り合っていたのが気に触ると見える。」

テムジンが苦笑した。

すぐに2人の前にボオルチュとその従者らしい男が来た。

「その小僧は誰ですか、殿。」ボオルチュが不機嫌そうに言った。

これが後に、超えはしないが、肩に並ばれはするとモンゴル最高の為政者・ボオルチュが認めた舜とボオルチュの出会いだった。

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