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第8話 酒場に響く金槌の誓い

宿屋《月影亭》の片隅に生まれた「修理屋カイ」は、酒場と共に繁盛を続けていた。

しかしその日、街に不穏な噂が流れる――森に魔物の大群が押し寄せ、討伐隊が編成されるという。

剣を振るうことのできないカイは、それでも自分の役割を見出す。

「戦えなくても、彼らの武器を直すことで支えになれる」

少年の心に芽生えた誇りと決意を描くのが、この第8話である。

◆二週間の営み


宿屋を寝床にし、昼は椅子や机を直し、夕方は酒場の片隅で「修理屋カイ」を開く。

そんな日々が二週間ほど続いていた。


奇妙な組み合わせではあったが、修理屋と酒場は互いを引き立て合った。

「酒を飲むついでに武器の修理」「修理の待ち時間にもう一杯」という循環が生まれ、店はかつてない活気に包まれていた。


女将ミレーヌは笑みを浮かべながらも小言を忘れない。

「アンタ、稼いだ分はちゃんと取っときな。若いからって全部使っちまったら、あっという間に素寒貧さね」

「は、はい……」

叱られつつも、カイは少しずつこの街に居場所を得た実感を持ち始めていた。


◆酒場に広がる不穏な噂


ある晩のこと。

酒場の中央で、誰かが声を潜めるようにして言った。


「おい聞いたか? あの森に魔物の大群が集まってるらしい」

「討伐隊が組まれるってよ。俺たち冒険者も強制参加だとか……」

「マジかよ、冗談じゃねえ!」


最初は半信半疑だった冒険者たちも、やがて別の者が「ギルドから正式に通達があった」と告げると、空気は一変した。


杯を持つ手を止める者、冗談めかして笑う者、そして黙り込む者。

酒場に漂うざわめきは、恐怖と緊張をはらんでいた。


カイは手を止め、耳を傾ける。

戦場に立つことはできない。けれど、戦うための剣や盾を直せるのは自分だけだ。

その時、胸の奥で小さな誇りの灯がともった。


◆慌ただしい朝


翌日。

カイは宿の椅子の修理をしていたが、扉が勢いよく開いた。


「カイ! 頼む、これから討伐に向かうことになった。剣を直してくれ!」


飛び込んできたのは酒場で顔なじみの戦士ガロスだった。

剣は刃こぼれだらけで、柄もぐらついている。これでは命を預けるにはあまりにも危うい。


「すぐに取りかかります!」

カイは工具を取り出し、剣を分解して修理を始めた。


背後から女将ミレーヌが腕を組んで言う。

「こっちはいいから、しっかり直してやんな。街を守ってくれるんだからね」

「はい!」

短い返事に、少年の決意が込められていた。


◆押し寄せる依頼


ガロスの修理が終わるより早く、別の冒険者が駆け込んでくる。


「俺の槍も頼む!」

「こっちの盾も見てくれ!」

「急ぎだ、すまねえ!」


続々と押し寄せる冒険者たち。

宿屋の一角は臨時の工房と化し、金槌の音が絶え間なく響く。


「順番を守りな! カイは一人なんだよ!」

ミレーヌの声が飛ぶ。

彼女の叱咤がなければ、修理場は混乱で潰れていただろう。


◆修理に込める想い


カイの額には汗がにじみ、手は小刻みに震えていた。

だが一本一本を確実に、決して手を抜かず修理していく。


「これで折れないように……」

「留め具をしっかり締めて……」


冒険者たちは無言でその手元を見つめる。

普段なら冗談を飛ばす彼らも、この時ばかりは真剣そのものだった。


やがて修理を終えた槍を手渡すと、持ち主は深々と頭を下げた。

「ありがとな。これで全力で戦える!」

「助かった! 命を預けられる!」


彼らは次々に修理を終えた武具を抱え、足早に去っていく。


カイはその背中を見送りながら、心の奥で強く願った。

――どうか、無事に帰ってきてくれ。


◆静かな夜


騒ぎがひと段落した夜。

カイは作業台に突っ伏し、荒い呼吸を整えていた。


「……疲れた……けど、少しは役に立てたのかな」


椅子に腰かけたミレーヌが、ワインを傾けながら呟く。

「立派なもんさ。アンタが直した武器で、何人も生き残れるかもしれない」


「……でも、僕は戦えない」

「ふん。戦うだけが冒険者の役目じゃないよ。支える奴がいなきゃ誰も戦えやしない」


その言葉に、カイの胸に再び小さな灯がともった。

第8話では、街を脅かす「魔物の大群」という大きな脅威が描かれました。

直接戦うことはできなくても、カイは武具を直すことで冒険者たちを支える。

その姿は、彼にとって「修理屋」であることが誇りであると気づかせる瞬間でした。


次回は討伐戦が本格化し、冒険者たちの帰還と、それを待つ宿屋の空気が描かれます。

果たして彼らは無事に戻るのか。そして「修理屋カイ」が果たす次の役割とは――。

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