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第6話 蒼月亭の片隅に灯る修理屋

宿屋〈蒼月亭〉の食堂で、ひょんなことから「修理屋カイ」が誕生する物語。

厳しくも面倒見の良い女将ミレーヌとの出会いは、カイの旅に新たな居場所と役割をもたらす。

にぎやかで温かい空気の中、少年の小さな修理屋は冒険者たちに囲まれて賑わいを見せ始める。

今回はその第一歩――「宿屋✖修理」の物語。

夕暮れ時の宿屋〈蒼月亭〉は、昼間の喧騒を忘れさせるほど賑やかだった。

旅人や冒険者たちが丸木のテーブルを囲み、肉の香りと笑い声が食堂を満たしている。

給仕娘が大皿を運ぶたびに、木の床がわずかに軋む。


そんな中、片隅の席でカイは黙々と剣を修理していた。

折れかけた刃を矯め、歪んだ鍔を調整し、傷だらけの革巻きを新しく巻き直す。

「おお、また使えるようになった!」と冒険者が目を輝かせると、

その様子を見ていた別の客がすぐに声を上げた。


「なぁ、俺の剣も見てくれ!」

「俺は盾だ!このヒビ、どうにかなるか?」


次から次へと冒険者たちが集まり、食堂の一角はあっという間にちょっとした鍛冶場のようになってしまった。

金槌の音、革を引き締める音、そして冒険者たちの笑い声が重なり、

本来なら食事と酒を楽しむ場は、すっかり修理市のような光景に。


「こらあんたたち!ここは宿屋なんだよ!」

その場を一喝する声が響いた。

声の主は宿屋の女将、ミレーヌだった。


長い黒髪を後ろでまとめ、年齢を感じさせない切れ長の瞳。

背筋の伸びた姿は、かつて冒険の荒波を乗り越えてきた人間だけが持つ気配を漂わせていた。


「鍛冶場と間違えてんじゃないのかい!」

その迫力に、豪快な冒険者たちも思わず肩をすくめる。


「ご、ごめんなさい!僕が……」

カイが慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。


ミレーヌは彼をしばらく見つめ、やがてため息を吐く。

「……あんたの腕は確かだね。客が頼みたがるのも無理はない」

その言葉にカイの心臓が跳ねた。褒められるなんて思ってもみなかった。


「けど、宿屋の食堂を鍛冶場代わりにされちゃ困るんだよ。

ここは腹を満たし、心を休める場所だからね」


そう言いながらミレーヌは壁際の椅子を指差す。

片足がぐらつき、座ればすぐに倒れそうな古い椅子だった。


「……そうだね。あんた、あれを直せるかい?」


「え?」


「うちの椅子や机を直してくれるなら、この一角を貸してあげてもいいよ」


思わぬ提案に、カイの目が大きく開かれる。

「ほ、本当ですか⁉」


「ただし条件付きだよ。客の邪魔はしないこと。修理代はちゃんと取ること。

それができるなら、ここで“修理屋”を名乗りな」


ミレーヌの声は厳しいが、どこか温かさが滲んでいた。


「はい!ありがとうございます!」

カイは何度も頭を下げ、早速ぐらつく椅子を持ち上げて修理を始めた。


――こうして宿屋〈蒼月亭〉の食堂の一角に「修理屋カイ」が誕生した。


冒険者たちは面白がって列を作り、

「じゃあ次は俺の剣!」「私の鎧も!」と次々に持ち込んでくる。

「順番待てって!」「俺が先だ!」と口論になるが、

それを見たミレーヌが腰に手を当て、冷たい視線を送ると、誰もがピタリと黙る。


冒険者の笑い声、ミレーヌの小言、カイの真剣な表情。

宿屋の食堂は、この日からもうひとつの顔を持つことになった。


木槌の音は酒場の喧騒と混ざり合い、

〈蒼月亭〉は「泊まれる宿屋」でありながら「頼れる修理屋」として、

街の人々や冒険者に語られていくことになるのだった。

第6話では、カイにとって初めて「居場所」と呼べる場所が描かれました。

宿屋の女将ミレーヌは、厳しい言葉の裏に優しさを隠した人物。

彼女との出会いがあったからこそ、修理屋カイは旅の途中に「生活の基盤」を得られたのです。


次回以降、冒険者たちとの交流や修理屋としての奮闘が、物語に新しい広がりをもたらします。

――宿屋の片隅から始まる、小さな修理屋の物語。これが、後に大きな縁を繋いでいくことになるのです。

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