第51話 迫る影と、間に合わせる約束
霊木の杖は、完成の目前まで来ていた。
流れは掴んだ。あとは削りすぎないこと。
だが、穏やかな昼を切り裂く知らせが届く。
森の奥――エルフの村に、魔物の群れが迫っている。
境界の村に、再び緊張が走る。
朝。
蒼月亭の広間には、まだ朝露の匂いが残っていた。
カイは作業台に向かい、布を外す。
霊木の杖が、静かに横たわっている。
「……ここを、こうして……」
細い刃を当て、繊維の流れを整える。
昨日までとは違う。
滞りが、はっきりと見える。
「これで……来た!」
霊力が、滑らかに通る。
まるで水路を掃除したあとの水のように、迷いがない。
「これは、こうして……」
わずかに角度を変える。
「ここを……よし! いけた」
強弱が揃う。
太い流れと、補助の細い流れが、互いに邪魔をせず並走する。
カイは目を閉じ、掌を当てる。流れを感じ取れるようになった。
――見えた。
完成の形が。
「あとは、削りすぎないように……流れを見ながら整えれば」
声は小さいが、確信があった。
霊力は繊細だ。
削りすぎれば空洞になる。
足りなければ滞る。
だが今は違う。
どこまで削れるか、どこで止めるべきかが、わかる。
「できる……」
昼を過ぎる頃。
広間から笑い声が聞こえてくる。
「また来たのか!」
「当然だろ」
エルフの三人が今日も姿を見せ、レオン達と同じ卓を囲んでいる。
「この煮込み、癖になるな」
「森にはない味だ」
「パンを浸すと最高よ」
セラとアリアはまた女子トークに花を咲かせ、レンとエリオスは弓の話で盛り上がる。
リディアは壁際に立ち、外を見張りながらも、わずかに口元を緩めていた。
平和な昼。
その空気を、扉を叩く音が裂いた。「ドンドンドン」
「開けて!」
リディアが咄嗟に玄関を開ける。
息を切らしたエルフの青年が飛び込んでくる。
顔は蒼白。額には汗。
「魔物が……村に近づいてきてる。それも、数が多い」
卓が静まり返る。
「えっ?」
アリアが立ち上がる。
「どの方向なの?」
エリオスの声が低くなる。
「北西の谷から……偵察じゃない。群れだ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、全員が動いた。
「戻らないと」
エルフ達は武器を掴む。
レオンが立ち上がる。
「俺たちも行くぞ」
「当然だ」
レンが頷く。
「私も」
リディアが迷いなく言った。
ミレーヌはカイを見る。
カイは杖を見つめた。
完成まで、あと少し。
だが、まだ仕上がっていない。
「……何とか間に合わせます。それまで待ってください」
セラ向かい、真っ直ぐに言う。
セラは一瞬迷い、そして頷いた。
「わかりました」
「セラは杖を受け取ってから来てくれ」
レオンが言う。
「受け取ったら、すぐ追いかけるわ」
セラは強く答える。
「必ず間に合わせる」
カイの声は震えていない。
皆が外へ駆け出す。
エルフと人間が、同じ方向へ。
境界の森へ。
蒼月亭には、カイとミレーヌ、そしてセラが残った。
「やるしかないね」
ミレーヌが短く言う。
「はい」
カイは再び作業台に向かう。
呼吸を整える。
焦れば削りすぎる。
焦れば流れを壊す。
「ここを、ほんの少し……」
刃を滑らせる。
霊力が通る。青白い光が浮かぶ。
さらに整える。
「……これで」
強い流れが一度に通る。
杖が震える。より青白い光が発光する。
だが、滞らない。
「いける」
セラは息を呑む。
カイは最後の研磨を施し、布で包む。
「とりあえず完成です。微調整は帰ってきてからやります。」
セラが両手で受け取る。
掌に伝わる脈動。
「……すごい」
霊力が、自然に流れる。うっすらと青白く光ってる。
「行ってください」
カイが言う。
「皆が待っています」
セラは強く頷いた。
「必ず守ります。」
彼女は杖を背負い、森へ駆け出す。
扉が閉まる。
静寂。
カイは深く息を吐いた。
「間に合った……」
だが、戦いはこれからだ。
森の奥で、仲間たちが戦っている。
蒼月亭の灯は、境界の夜を支える灯だ。
それを守るために。
そして、守られるために。
境界の村は、次の試練へ踏み出していた。
霊木の杖、ついに完成。
だが完成の瞬間、森には魔物の影が迫ります。
蒼月亭は戦場の外にありながら、確かに戦いの一部です。
次回、森での戦い。
そして、境界の村の真価が問われます。




