第五話 宿屋の片隅で――修理屋カイ、最初の依頼
読んでくださってありがとうございます!
今回からカイがようやく「修理屋」として一歩を踏み出します。
宿屋で偶然出会った冒険者からの武器修理依頼、それはほんの小さな出来事ですが、彼にとっては大きな転機となるお話です。
冷遇されてきた「修理」のスキルが、果たして人の役に立つのか――。
そんな不安と期待を胸に、カイの挑戦が始まります。
カイはクローディア家を出てから五日間、驚くほど順調に旅を続けていた。
魔物に遭遇することもなく、ただひたすら道を歩く。昼は穏やかな風が背を押し、夜は星空の下で野宿。多少の寂しさはあったが、不思議と不安よりも前に進みたいという気持ちの方が強かった。
「……ついた、か」
遠くに石造りの街壁が見える。ここが交易で栄える オルフェンの街。
城下町と違い、貴族の威圧的な雰囲気はなく、行き交う人々の表情は明るく活気に満ちていた。高い城壁に囲まれた城下町の様な堅苦しさはなく、門前からして人と荷車が行き交い、威勢のいい声が飛び交っていた。
「……活気があるな」
思わず漏らすと、胸の奥に少しだけ緊張が走る。王都のように貴族が幅をきかせてはいない。むしろ庶民の力で成り立っている商業都市――それがオルフェンだ。
◆
宿を見つけ、荷を下ろすと、久々に温かい夕食を口にした。炙った肉と野菜の煮込み。香辛料が利いていて、胃袋にじんわり沁みる。
賑やかな食堂の一角、隣のテーブルから聞こえてきた会話に耳が止まった。
「この辺り、魔物が増えてきてるらしいな」
「また剣が折れちまった。あの鍛冶屋に持ち込んでも、すぐ使い物にならなくなる」
「わかる。あそこは腕が悪い。いっそ王都まで持って行った方がマシだ」
「でも王都まで行く金も暇もねぇしなあ……」
愚痴とため息。戦士や冒険者らしい男たちが、壊れた武器を前に困り果てている様子だった。
(鍛冶屋の腕が良くない……? なら、俺の出番かもしれない)
胸の奥がざわついた。
カイは席を立ち、彼らのテーブルへと歩み寄った。
「もしよければ……その武器、見せてもらえませんか?修理できればしますよ」
突然の声に、男たちは怪訝そうな目を向けた。
「なんだ坊主? ただの旅人に見えるが」
「修理なら、少しはできます」
そう言って笑ってみせると、ひとりが試しにと剣を差し出してきた。刃こぼれはひどく、鞘に収まらないほど歪んでいる。
「……こりゃ、まともに戦えねえな」
「まあ、駄目元でやってみろよ」
カイは持参していた工具で慎重に直していく。城下町の鍛冶屋で鍛えた技術と、スキル《修理》の補助があれば難しくはなかった。
「……できました。これでしばらくは使えるはずです」
剣を返すと、冒険者の表情が驚きから笑顔へ変わる。
「おお……! まるで新品みたいだ!」
「助かったよ。お前、なかなかやるじゃないか!」
カイは少し照れくさそうに笑った。
「道具さえ揃っていれば、もっと良い出来になるんですけどね」
男は恐る恐る剣を振ってみた。空気を裂くような鋭い音。
「……すげぇ!」
「おいおい、本当に直ってるぞ!」
「ありがとう! 助かった!」
笑顔と歓声。カイの胸に、じんわりと温かいものが広がった。
◆
その後も立て続けに、別の冒険者が壊れた槍を持ち込んできた。
「こいつも見てくれ!」
「俺の盾も頼む!」
宿の食堂は一時、臨時の修理場のようになった。カイの前に積まれる壊れた武器や防具。
ひとつ直すごとに「すげぇな坊主!」「今度からあんたに頼むよ!」と笑顔と露銀が手渡される。
気がつけば、テーブルの上には数枚の銀貨が並んでいた。
「あんた、修理屋でもやったら儲かるんじゃないか?」
「……修理屋、か」
口の中でつぶやく。
たった一晩の出来事だったが、これなら自分でも食べていける。そう思えた。
◆
夜が更けても、心は冴えていた。窓の外からはオルフェンのざわめきが聞こえる。露店の片付ける声、酔客の笑い声、荷馬車の車輪の音。
カイはベッドの上で天井を見つめた。
「クローディア家じゃ、笑われてばかりだった。でも……俺の力だって、こうして役に立つんだ」
親方の言葉が蘇る。――お前の修理はすげぇぞ。
そして今、初めて心の底からそれを信じられる気がした。
「……よし。オヤジさん、頑張ってみるよ」
◆
こうして――カイの「修理屋」としての人生が、オルフェンの街で静かに幕を開ける。
まだ看板もなければ道具も揃っていない。けれど、あの夜の冒険者たちの笑顔が何よりの支えだった。
「俺は、俺の力で生きていく」
そう強く心に刻み、カイは新しい一歩を踏み出した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
武器を修理したことで、カイのスキルは「ただの特技」から「確かな仕事」へと一歩進んだことが描けたかなと思います。
次回は、この出来事が街の人々にどう受け止められていくのか。
カイ自身が「修理屋」として歩んでいく決意を固めていく流れを描いていきます。




