第45話 灰の街と、消えていない約束
霊峰から帰還した若き冒険者たち。
手に入れた《ルミナの霊木》を携え、彼らは約束を果たすため蒼月亭へと戻る。
だが、そこにあったのは――。
◆灰の跡と約束
カイとの約束から数週間後のこと。
霊峰からの帰り道は、思ったよりずっときつかった。
霊気が濃くて、息を吸うだけで胸の奥がざらつく。
背負い袋の中の《ルミナの霊木》は、重さ以上に“気配”があった。
「……これ、ほんとに持って帰れば直るんだよな」
鋭い目つきの戦士――レオンが、背負い袋の紐を引き直す。
ローブを纏った魔導士――セラは、仮修理された杖を抱えたまま小さく頷いた。
「うん。カイさん、見た目よりずっとちゃんとしてた。あれは……本物の修理屋だよ」
軽装の弓使い――フィオが、前を見て言う。
「なら、急ご。街、もう見える」
そして、一番前を走っていた斥候――小柄な少年のレンが、すっと戻ってきた。
足音がほとんどしない。顔だけ動かして周りを見ている。
「道、大丈夫。追ってるやつもいない」
「助かる、レン」
レオンが軽く手を上げる。
レンは「ん」とだけ返して、また前へ消えた。
街が見えた瞬間、みんなの肩がふっと落ちた。
……はずだった。
風に、焦げた匂いが混じっていた。
「え……なに、この匂い」
フィオが鼻を押さえる。
セラの顔が強張った。
蒼月亭のある通りに入ったところで、足が止まる。
そこにあったのは――建物じゃなかった。
黒い骨組みと、崩れた灰の山。
焦げた柱が、突っ立っているだけ。
「……ここ、だよね?」
セラの声が、震えた。
レンが先に近づいて、周囲を一周する。
「誰もいない……でも、最近だ。灰がまだあったかい」
レオンが瓦礫を踏み越えて、歯を食いしばる。
「蒼月亭はここですよね?」
近くにいた男が、肩をすくめた。
「ああ。だった場所な」
セラが一歩前に出る。
「カイさん達は……どこに行ったか知りませんか?」
男は首を振る。
「この街にはいねぇよ。貴族が焼き討ちした。
女将達は、いなくなった」
「なんで……」
フィオが小さく言った。
セラは背負い袋を抱きしめた。
「……約束したんです。神木を持ってきたら、直してくれるって。
杖、ちゃんと直してもらうって……」
そのとき。
「おーい。お前ら、なにしてんだ?」
後ろから、どでかい声が飛んできた。
振り返ると、大柄な男が手を振っている。
見回り中なのか、歩き方が堂々としていて、街の空気を知ってる感じがした。
「……あんた、誰?」
レオンが警戒して言う。
男は笑って、肩をすくめた。
「怖い顔すんな。街の見回りで通りかかっただけだ。
蒼月亭の前で固まってるから、気になってな」
セラが言う。
「蒼月亭……ここですよね? 修理屋カイさんに用があって」
「カイか」
男はあっさり頷く。
それだけで、セラの胸が少しだけ軽くなった。
「カイさん達、どこに行ったか知ってますか?」
男は、瓦礫を一度だけ見た。
でも、その目に未練はなかった。
「今はこの街にいねぇ。もう別の場所で暮らしてる」
フィオが食い気味に聞く。
「生きてるの!?」
「おう。生きてる」
男は豪快に言い切った。
セラは息を吐いた。
「……よかった……」
レオンが、背負い袋を指す。
「神木、持ってきたんだ。約束なんだよ。直してもらわなきゃ困る」
男は袋を見て、ふっと笑った。
「ルミナの霊木か。やるじゃねぇか、お前ら」
レンが一歩前に出る。
「で、どこ? 場所、教えて。今すぐ行ける?」
男はレンを見て、面白そうに笑う。
「せっかちだな。……いいぞ。教える」
レオンがまだ疑っている顔をすると、男は軽く手を振った。
「疑うなら勝手にしろ。けど、約束守りたいなら急げ。
カイは待たせるの嫌いじゃねぇが、霊木のほうが傷む」
セラが頭を下げる。
「お願いします。場所、教えてください」
男は親指で、山のほうを指した。
「山越えた先の廃村だ。
井戸が直ってる。……煙が上がってりゃ、そこにいる」
フィオが目を丸くする。
「廃村……?」
「そう。誰もいねぇ場所だ。だからちょうどいい」
レオンが、少しだけ表情を緩めた。
「……あんた、なんでそこまで知ってるんだよ」
男は、にやっと笑う。
「先輩だからだよ。……って言ったら、納得するか?」
「先輩ってなにそれ」
フィオが呆れた声を出す。
男は豪快に笑った。
「俺はダリウス。あいつらに借りがあってな。
行け。会えばわかる」
セラは霊木を抱え直して、頷いた。
「行こう。……絶対、直してもらう」
レンがすでに先へ走り出す。
「道、俺が見る!」
その背中を追いながら、四人は灰の通りを抜けた。
蒼月亭はもう、ここにはない。
でも約束は、まだ燃えていない。
蒼月亭は焼け落ちましたが、物語は終わっていません。
約束は生きていて、人もまた生きています。
次回、廃村での再会。




