第43話 賑わい、再び
廃村に灯った小さな明かりは、静かに、しかし確実に広がっていた。
それは火でも剣でもなく、人が集うことで生まれる温もり。
数日前に訪れたエルフの狩人――セレナの言葉は、嘘ではなかった。
この日、蒼月亭は久しぶりに「忙しい宿屋」になる。
昼を少し過ぎた頃だった。
廃村へ続く森の縁が、ざわりと揺れた。
最初に姿を現したのは、見慣れた灰銀の髪。
セレナだった。
「皆さん、こんにちは♪」
軽く手を振るその背後から、次々と人影が現れる。
弓を背負った者、槍を持つ者、軽装の者。
年若い男女のエルフが、七、八人ほど。
「……あれ」
カイが思わず呟く。
「おや?」
ミレーヌも手を止めた。
「……増えてるね」
「増えました」
セレナがあっさり答える。
「里で話したら、興味を持った者が多くて。
それで――」
一歩前に出て、にっこり笑う。
「修理を依頼しに来ました。
もちろん、飲んで、食べて、泊まります!」
一瞬の沈黙。
そして次の瞬間。
「いらっしゃい!!」
ミレーヌの声が、村に響いた。
「こりゃ大忙しだね!」
笑いながらエプロンを締め直す。
「カイ! 客だよ! まとめて来たよ!」
「は、はい!」
カイは慌てて頭を下げる。
「ようこそ、蒼月亭へ……!」
「ここが噂の宿か」
「思ったより広い」
「木の匂いがする」
エルフたちは興味深そうに広間を見回す。
掃除された床、磨かれた柱、整えられた長机。
廃村だったとは思えないほど、きちんと“宿”だった。
「荷物はそこへ」
ミレーヌが指示を飛ばす。
「部屋は上だよ。あとで案内するから、まずは座りな」
「私も手伝う」
リディアがすっと動き、椅子を運び始める。
「リディアさん、ありがとうございます」
「慣れてるから」
リディアは自然な動きで杯を配り、
水を注ぎ、空いた皿を下げる。
エルフたちが目を丸くした。
「……剣士だと思ってた」
「今日はウエイター」
そのやり取りに笑いが起きる。
厨房から、湯気と香りが広間へ流れ出した。
煮込み、焼きパン、根菜の付け合わせ。
ミレーヌの料理が、次々と並ぶ。
「……うまい」
「これは……」
「森の外の味だ」
最初は静かだった食卓が、
次第に言葉と笑いで満ちていく。
「この煮込み、何が入ってる?」
「芋と豆、根菜だよ。畑のだ」
「へえ……」
カイはその様子を横目に、作業台へ向かっていた。
すでに弓が三張り、並んでいる。
「順番に見ます。
今日は調整だけですが……」
「十分だ」
「前より良くなるなら、それで」
カイは集中し、一本一本、弦と霊力の流れを確かめる。
広間の笑い声を背に、金具を締め、木を撫でる。
「……楽しいね」
リディアが小さく呟いた。
「だろ?」
ミレーヌが鍋をかき混ぜながら言う。
「これだよ。酒場ってのは」
日が傾く頃、蒼月亭はすっかり賑やかになっていた。
笑い声、杯の音、料理の匂い。
かつて失ったはずの光景が、ここにあった。
カイはふと顔を上げる。
(……戻ってきた)
それは場所じゃない。
人が集い、笑う、この空気。
蒼月亭は、確かに息を吹き返していた。
ここから蒼月亭は、
誰かが“用事”で訪れる場所ではなく、
「行きたい場所」へと変わっていきます。




