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第42話 朝靄の中で

火を囲んだ夜が明け、廃村の朝は静かに始まった。

まだ客とは呼びきれない関係。

それでも、同じ屋根の下で迎える朝は、確かに距離を縮めていた。

修理屋の仕事と、宿屋の役目。

蒼月亭が「宿」として息をし始めた朝の物語。


本文


朝靄が村を包み、森の向こうから鳥の声が降ってくる。

蒼月亭の広間には、まだ夜の名残の静けさが残っていた。


最初に階段を下りてきたのは、セレナだった。

軽く伸びをし、窓から外を見て小さく息を吐く。


「……よく眠れました」


続いて、昨日は一番よく喋っていた金髪のエルフが現れる。

「ほんとに。夢、見なかった」

「それは疲れていただけでは?」

「失礼ね」


そんなやり取りをしながら、三人は広間の卓につく。


「おはようさん」

厨房からミレーヌの声が飛ぶ。

「朝は軽めだよ。スープと焼きパン、あと少しだけ根菜」


「十分です」

セレナは丁寧に頭を下げた。


カイは少し遅れて広間に出てきた。

その手には、布で包んだ二つの細長い包みがある。


「おはようございます」

「おはよう、修理屋さん」

金髪のエルフが笑った。


朝食が配られ、湯気が立ちのぼる。

スープを口にした三人は、揃って目を丸くした。


「……あったかい」

「昨日の夜より、優しい味」

「朝用だよ」

ミレーヌが得意げに言う。

「腹に重くないのが一番さ」


食事がひと段落した頃、カイが包みを卓に置いた。


「……あの」

三人の視線が集まる。


「弓の調整、終わりました。

 大きくは触っていません。

 でも、霊力の流れを邪魔していた部分だけ、整えています」


布を解くと、二張りの弓が姿を現す。

どちらも霊木特有の淡い光沢を帯びていた。


セレナがそっと手に取る。

「……軽い」


「しなりを均しました。

 引き始めと戻りの癖が、少しだけあったので」


「試しても?」

「もちろんです」


食後、三人は宿の前に出た。

朝靄の残る空き地で、簡易的な的を立てる。


最初に弓を引いたのは、セレナだった。

弦を引く指が、わずかに止まる。


「……違う」


放たれた矢は、まっすぐに飛び、的の中心近くに突き立った。


「え……」

「もう一本、いい?」

今度は金髪のエルフ。


矢は風を裂き、前よりも深く刺さる。


「……すごい」

「前より、楽に引ける」

「力、入れてないのに」


口々に感想が溢れる。


カイは少し離れた場所で、落ち着かない様子で指を組んでいた。

「霊力の量は変わっていません。

 流れが……通りやすくなっただけです」


セレナは弓を下ろし、深く頭を下げた。

「ありがとう。

 里でも、ここまで整えられる人はいません」


「いえ……」

カイは照れたように視線を逸らす。

「持ち主が大事にしているのが、わかっただけです」


ミレーヌが腕を組んで言った。

「だから言っただろ。

 うちの修理屋は、こういう仕事が得意なんだ」


三人は顔を見合わせ、笑った。


出発の準備を整え、森へ向かう前。

セレナが振り返る。


「……また来ます」

「修理の依頼がある時は、必ず」

「次も“客”として」


「もちろんです」

カイははっきりと答えた。

「お待ちしています」


「またおいで」

ミレーヌが手を振る。

「今度は煮込み、もっと増やすから」


三人のエルフは森へと歩き出し、やがて緑の中に溶けていった。


静けさが戻る。


「……行っちゃいましたね」

「行ったね」

ミレーヌは空を見上げる。

「でも、また来るよ。ああいう顔は、嘘つかない」


カイは弓が消えた方向を見つめ、胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。

修理は仕事であり、信頼の証でもある。

そして宿屋は、別れ際の言葉で完成する。


「また来ます」

その一言が、蒼月亭を“通過点”から“目的地”へと変えていきます。

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