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第40話 初めての客

廃村に再び灯った《蒼月亭》。

まだ看板を掲げて日も浅く、訪れるのは風と鳥だけ――のはずだった。

だがこの日、森の向こうから三つの影が現れる。

それは、カイたちが思っていた以上に早い「外との接点」だった。

朝の空気は澄んでいた。

昨夜の焚き火の名残を片付け、ミレーヌは広間の長机を拭いている。


「……ほんとに静かだねぇ」


宿として形は整った。

屋根は直し、窓もはめ直し、厨房は使える。

だが、肝心の“客”はいない。


「当たり前ですよ」

カイは苦笑しながら答える。

「街道からも外れてますし、看板を見た人もまだ……」


その時だった。


外の空気が、わずかに変わった。

風の流れが止まり、森がざわめく。


リディアが先に気づき、窓の外を見た。

「……来る」


「え?」


次の瞬間、玄関前の地面を踏む音がした。

三人分。軽いが、迷いのない足取り。


ノックはなかった。

だが扉の前で、きちんと立ち止まる気配がする。


カイが扉を開けた。


そこに立っていたのは、エルフの女性が三人。

先頭に立つのは見覚えのある顔――セレナだった。


「……お邪魔します」

彼女はそう言って、一歩引いた。


ミレーヌが一瞬目を見開き、すぐに笑う。

「どうぞ。ここは宿屋だよ」


三人は顔を見合わせ、静かに中へ入った。


広間を見回す視線は慎重で、だが露骨な警戒はない。

柱の刻み跡、長机、修繕された床。

“人が住み始めた場所”として、すべてを確認するようだった。


「宿として……機能している」

後ろのエルフが小さく呟く。


「はい」

カイが答える。

「まだ始めたばかりですが」


セレナが一歩前に出た。

「今日は、客として来ました。

 それと……修理を一つ」


彼女は背負っていた弓を外し、差し出す。

霊木で作られた弓。

以前調整したものだ。


カイは一瞬だけ手を止めたが、すぐに受け取った。


「前回と同じ調整ですね」

「ええ。直す、ではなく……整えるだけで」


「わかりました」


ミレーヌが頷く。

「じゃあ、泊まっていきな。部屋は空いてるよ。

 食事も出す」


三人のエルフは、少し驚いたように互いを見る。


「……条件は?」

「条件?」


「宿代、情報、約束事」


ミレーヌは肩をすくめた。

「普通の宿と同じ。泊まって、食べて、必要なら払う。それだけ」


沈黙のあと、セレナが言った。

「……では、一泊」


こうして、《蒼月亭》に――

最初の客が泊まることになった。


カイは作業台で弓を調整する。

削らない。削りすぎない。

霊力の流れを乱さぬよう、歪みだけを戻す。


背後から、エルフの一人がじっと見ていた。


「……触り方が、違う」

「違いますか?」


「はい。

 弓を“物”として見ていない」


カイは少し考え、答える。

「……生き物、に近いですね」


その言葉に、エルフたちは目を細めた。


調整は静かに終わった。

弓を返すと、セレナは軽くしならせ、頷く。


「やはり、良い」


夜。

久しぶりに人の気配がある広間で、ミレーヌの料理が並ぶ。


煮込みの湯気に、エルフたちは小さく目を見張った。


「……温かい」

「宿、とは……こういう場所なのですね」


ミレーヌはにやりと笑う。

「そうさ。腹が満たされりゃ、話もしやすい」


その夜、特別なことは起きなかった。

だが――

蒼月亭は、確かに“宿”として息をし始めていた。

エルフのセレナと仲間たちが「最初の客」として蒼月亭を訪れました。

敵でも同盟でもなく、まずは“泊まる”という選択。

それは廃村に生まれた宿屋が、世界と繋がる第一歩でもあります。

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