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第四話 旅立ちと孤独の道

前回までで、ついにクローディア家を離れ、一人旅を始めたカイ。

けれど「修理」という地味なスキルしか持たない彼にとって、旅路は不安と孤独の連続です。

本話では、初めて一人で歩く街道での心境や、前世と今世を重ね合わせて揺れる想いを描きます。

――果たしてカイは、自分のスキルにどんな価値を見出していくのでしょうか。

 王都ベインハルトの城下町を抜け、東の街道を歩いていく。


「……静かだな」


 カイはぽつりと呟いた。

 人影はない。続く石畳、道の両脇に広がる畑と森。遠くで農夫らしき人が鍬を振るっているのが見えたが、こちらに気づくと軽く会釈をしてすぐに視線を逸らした。


(家の紋章を外してきて良かった……)


 クローディア家の紋入りの衣を着たままでは、余計な注目を浴びてしまう。今のカイはただの旅人だ。



 子供の頃に家族と遠出した記憶もなければ、外に出て自由に旅をしたこともなかった。だから今、こうして一人で歩いていることが現実なのか、まだ信じられない。


「貴族の五男、か……」


 口に出してみても、苦笑しか浮かばない。兄たちは優秀で跡継ぎも決まっていた。残された自分は、ただの「修理」スキル持ち。


「剣が振れるわけでも、魔法が使えるわけでもない。ただ壊れた物を直すだけ……」


 ため息がもれる。だが、鍛冶屋のオヤジの言葉が頭に浮かぶ。

――お前の修理はすげぇぞ。どんな名工が作った武器より丈夫で長持ちする。


「……信じるしかないな」


 歩きながら剣の柄を握る。餞別に渡された一本。飾ってあったあの剣を手に取るたび、親方の太い声が蘇る。



 夕暮れが近づき、あたりは橙色に染まった。小川を越え、水面に映る自分の顔を覗き込む。


「……十六の顔じゃないんだよな。中身はおっさんなのに」


 前世の記憶が胸を刺す。工場で機械を修理するだけの毎日。油にまみれ、時間に追われ、灰色の人生をただ消費していた。

 そして今――「修理」という同じような力を持って生まれ直した。


「やり直せるなら、次は……誰かに必要とされる存在になりたかったな……」


 ぽつりと呟くと、胸の奥が熱くなった。



 夜。小さな林に分け入り、焚き火を起こす。

 枝を集めて火をつけるのに手間取り、何度も煙を浴びてむせた。


「……野宿って、こんなに大変なんだな」


 街で暮らしていた頃は考えもしなかったことだ。食事は干し肉を少しかじるだけ。味気ないが、腹は膨れる。


 焚き火の明かりに照らされながら、剣を膝に置き、スキルを試してみる。

 刃を撫でると青白い光が走り、細かい傷が消えていく。


「……やっぱり、俺にはこれしかないんだ」


 しかし、その「これしかない」を極められたなら。きっと誰かの力になれる――そう信じたい。


 遠くで狼の遠吠えが聞こえた。背筋がぞくりと震え、剣を握りしめる。

 やがて夜が更け、カイは焚き火の傍で丸くなって眠った。



 翌朝、陽が昇ると同時に歩き出す。空は青く、鳥の声が響く。だが人影はやはり少ない。

 途中、小さな村を通りかかり、井戸端で水を飲む。そこにいた老女が声をかけてきた。


「おや、若いのに一人旅かい?」

「……はい。オルフェンを目指しています」

「まあ、ずいぶん遠くまで。気をつけなされよ。最近は魔物が出るって噂だ」


 そう言って、干した果物をひとつ手渡してくれた。

「ありがとうございます」

「礼なんていらないさ。旅人は助け合いだよ」


 温かい言葉に、カイは心がじんわりと温かくなるのを感じた。



 道は次第に森の中へと入り、光は木漏れ日となって降り注ぐ。

 風の音、鳥の声。時折、枝が揺れて何かの影がよぎるたび、心臓が跳ね上がる。

 だが足を止めることはなかった。


「修理……そんなに駄目なのか? いや、きっといつか……」


 繰り返し呟く言葉は、もはや呪文のように心を支えていた。

 孤独な旅路。けれど、その足取りは昨日よりもほんの少しだけ力強い。


 オルフェンへの道のりはまだ遠い。だがカイは、確かに一歩ずつ前へと進んでいた。

読んでくださりありがとうございます!

今回は「一人旅の始まり」という、派手さはないけれど大切な回でした。

孤独だからこそ、カイの内面がよりはっきりと浮かび上がる場面にしたつもりです。


次回は、そんな孤独な旅先でちょっとした“転機”が訪れます。

仲間との出会いなのか、それとも新たな試練なのか――ぜひお楽しみに!

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