第39話 セレナ、里へ帰る
セレナが蒼月亭で一晩過ごした後、エルフの森に戻ってきました。
セレナは長老たちに報告します。
境界の森を抜けると、空気が変わった。
湿り気を含んだ風、木々のざわめき、足元に広がる柔らかな土。
人の領域とは異なる、エルフの里の気配だ。
「戻りました」
セレナがそう告げると、枝を編んだ見張り台から仲間が姿を見せた。
警戒の色はすぐに解ける。
「無事だったか」
「ええ。少し……予想外のことがあったけれど」
里の中央、大樹の根元に設けられた集会所。
長老と数名の年長者が集まり、セレナの報告を待っていた。
「廃村の調査はどうだった?」
セレナは一歩前に出て、簡潔に答える。
「人が住み始めています。三人。
宿屋と修理屋を兼ねた拠点を作っているようです」
ざわめきが走る。
「廃村に? 今さら?」
「まさか、魔族の者か?」
「違います」
セレナは首を振った。
「逃れてきた人間たちです。
貴族と対立し、宿を焼かれたと」
年長者の一人が眉をひそめる。
「人の争い事か……」
「ええ。ただし、危険な様子はありません。
少なくとも、こちらに敵意はない」
長老が静かに問いかける。
「なぜ、そう言い切れる?」
セレナは少しだけ間を置いた。
「私が脚を負傷した時、助けられました。
無償で手当を受け、弓の調整まで」
「……霊木の弓だろう?」
「はい」
その一言で、場の空気が変わった。
「人が、霊木に触れた?」
「壊れなかったのか?」
セレナは、そこで初めて感情を含ませた声で言った。
「壊れませんでした。
――それどころか、整えられました」
ざわめきが大きくなる。
「ありえない」
「里でもできなかったことだ」
「修理屋は、どういう者だ?」
「若い男です。
魔力を流すことはできない。
ですが、霊力の“流れ”を見ていました」
長老が目を細める。
「……見る、だと?」
「ええ。
削らず、切らず、壊さず。
歪みを“戻す”ように」
沈黙が落ちる。
「試し撃ちは?」
年長者が問う。
「威力、命中、どちらも上がりました」
セレナははっきりと言った。
「しなりが自然で、無理がない。
私の弓なのに、別物のようでした」
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがて長老が静かに言う。
「人の技術か……いや、個の技か」
「はい。例外だと思います」
「危険は?」
「今のところ、ありません」
セレナは正直に答える。
「ただし、境界に位置しています。
いずれ、何かが起きる場所です」
長老は頷いた。
「ならば、監視を続ける。
接触は慎重に」
「……一つ、提案があります」
セレナは視線を上げた。
「次は、客として訪れたい。
私だけでなく、他の者も」
年長者たちが顔を見合わせる。
「修理を頼む、という名目で?」
「はい。
彼らが何者なのか。
敵か、ただの“住人”か――見極めたい」
長老はしばらく考え、やがて言った。
「よい。だが深入りはするな」
「承知しています」
集会が解かれ、里に夕暮れが落ちる。
セレナは自分の弓を見下ろした。
霊木は静かに応えている。
歪みはなく、流れは滑らかだ。
(……人の修理屋、か)
翌朝。
セレナは二人の仲間に声をかけた。
「蒼月亭という宿がある。
――客として、行ってみない?」
「人の宿?」
「大丈夫なの?」
「ええ」
セレナは小さく笑った。
「少なくとも、弓は任せられる」
三人は森の方角を見た。
人の領域と、エルフの境界。
その先にあるのは、
焼け落ちた過去と、作り直されつつある場所。
「じゃあ、行ってみるか」
こうして――
エルフの里と蒼月亭の、最初の正式な接点が生まれた。
セレナはミレーヌ達の行為に少しですが信用を持ちました。
次は客として蒼月亭に行き、より真意を確かめようとしています。




