第38話 弓の修理
エルフの里では、霊木の弓は「作るもの」であって、「直すもの」ではなかった。
折れぬ限り使い、歪めば使い手が慣れる。それが常識だった。
だが、人の修理屋は違った。
力を壊さず、流れを読み、形を整える。
その技を、セレナはこの夜、目の前で見ることになる。
◆セレナの視点
夜の蒼月亭は、静かだった。
森の奥にある集会小屋に似ている。火があり、人の気配があり、だが騒がしくない。
(……妙な場所だ)
セレナはそう思いながら、壁に背を預けていた。
人の宿。人の村。
本来なら長居する理由はない。
それでも、ここには敵意がなかった。
それどころか、押しつけも、詮索もない。
――修理屋。
昼間、彼――カイが弓に向けた視線を思い出す。
(見ただけで、歪みを理解した……)
エルフの里でも、霊木の弓を完全に直せる者はいない。
削れば霊力の流れが乱れ、締めれば反発が強くなる。
だから皆、各々なりの調整で使っている。
「扱いにくさ」を、技量で補う。それが弓使いの誇りだった。
(なのに……)
人の修理屋は、迷いなく「調整できる」と言った。
セレナは火の向こうで、カイが弓を膝に乗せているのを見つめる。
工具は最小限。力任せな作業は一切ない。
まるで、弓の呼吸を聞いているようだった。
◆霊木の弓と修理屋
カイは、霊木の表面にはほとんど触れなかった。
削るのは、ごくわずか。
代わりに行ったのは、「歪みの解放」だった。
「……張力が、ここで溜まってる」
誰に言うでもなく、呟く。
霊木は魔力を蓄える。
だが、流れが滞れば力は逃げ場を失い、反発になる。
カイは、握りの内側、弦受けの角度、
そして弦そのものの“撚り”を見直した。
弦を外し、組み直す。
張り直す時も、力を均等に分散させるよう、指で何度も確かめる。
(霊力を“通す”んじゃない……“流れる道”を作るんだ)
最後に、彼は弓を軽くしならせた。
「……よし」
セレナは、受け取った瞬間に違いを感じた。
(軽い……?)
重さは変わらない。
だが、手の中での“返り”が違う。
「……しなりがいい」
思わず口をついて出た言葉に、カイは少し照れたように笑った。
「扱いやすくなっていると思います。
でも、魔力そのものは変わっていません」
ミレーヌが腕を組んで頷く。
「だから“修理”なんだよ。壊さず、活かす」
◆翌朝の試し撃ち
翌朝。
蒼月亭の外れ、開けた場所で、セレナは弓を引いた。
一射。
――深い音。
的に立てた木杭の、中心を貫いた。
(二射目)
距離を伸ばす。
風を読む。
放った矢は、昨日よりも速く、静かに飛び――
再び、芯を射抜いた。
(……威力が上がっている)
命中精度も、安定している。
何より、無理がない。
セレナは、弓を見下ろし、深く息を吐いた。
「……これは、驚いた」
カイは少し緊張した様子で尋ねる。
「問題、ありませんか?」
「逆だ」
セレナは首を振った。
「エルフの里でも、ここまで扱いやすくなった例はない」
そして、はっきりと頭を下げた。
「感謝する。修理屋」
ミレーヌが満足そうに笑う。
「また来な」
セレナは弓を背負い、森の方を見た。
「今度は……客として来る」
「村のみんなにも話しておく。この宿と、この修理屋のことを」
カイは少し驚き、そして静かに頷いた。
「その時も、できることをします」
セレナは振り返らず、森へと消えていった。
だがその足取りは、来た時よりもずっと軽かった。
セレナはまだ仲間ではありません。
ですが――
蒼月亭は、エルフの里にとって
**「敵ではない場所」**として認識されました。




