第26話:畑に立つ
厨房に火が入り、三人はようやく「暮らし」を始める準備を整えた。
だが、宿であり、家であり、拠点である以上――
食べるものを、誰かに頼り続けるわけにはいかない。
廃村の外れに広がる、手つかずの畑。
そこに立ったとき、カイは初めて「修理屋としてではない仕事」に向き合うことになる。
朝靄がまだ地面に張り付いている時間。
カイは鍬を肩に担ぎ、家の裏手へと歩いていた。
「……広いな」
視界いっぱいに広がるのは、雑草に覆われた畑。
畝の跡はかろうじて残っているが、土は固く、ところどころ石が顔を出している。
「放っておかれた時間の分だけ、正直だね」
ミレーヌが腕を組んで言った。
リディアはしゃがみ込み、土を指で掬う。
「……悪くない。水が通る。根も残ってる」
「やれるってこと?」
カイが尋ねると、彼女は短く頷いた。
「時間はかかる。でも、死んでない」
その言葉に、カイは少しだけ息を吐いた。
最初は、草を刈るところからだった。
鎌を振るたび、湿った音が立つ。
根が深く、なかなか抜けない草もある。
「くっ……」
力を入れすぎて、鍬の柄が軋んだ。
カイは手を止め、柄を確かめる。
「……ひび、入ってますね」
「直す?」
ミレーヌが聞く。
「はい」
迷いはなかった。
その場で紐を解き、金具を締め直す。
応急処置だが、力はきちんと伝わるようになった。
「畑仕事でも、修理屋だね」
ミレーヌが笑う。
「道具が壊れたら、続けられませんから」
カイは少し照れながら答えた。
昼近くになる頃、ようやく一画が見えるようになった。
土を起こし、石を取り除き、畝を作る。
「何を植えるんですか?」
カイが鍬を持ったまま、ミレーヌを振り返った。
ミレーヌは少し考え、畑を見渡してから答える。
「まずは芋と豆だね。失敗しにくいし、料理にもよく使う。
煮ても焼いても腹に溜まるし、保存もきく。宿をやるなら基本さ」
「……なるほど」
カイは小さく頷いた。
「最初から欲張らないことだよ」
ミレーヌは土を軽く踏みしめる。
「堅実」
リディアが評価するように言った。
種袋は、旅の途中で拾った古い備蓄から出てきたものだ。
発芽するかは賭けだった。
「……行きます」
カイは土に指で溝を作り、種を落とす。
一粒、一粒。
丁寧に。
「芽が出なくてもさ」
ミレーヌが言った。
「畑を作ったって事実は残る」
「はい」
カイは土をかぶせながら頷いた。
「直せないものもあります。でも……作ることは、できます」
最後に、水を撒く。
井戸から汲んだ水が、土に染み込んでいく。
しばらく三人は黙って畑を眺めていた。
「……なんかさ」
ミレーヌがぽつりと呟く。
「宿屋っぽくなってきたね」
カイはその言葉を噛みしめるように、畑を見た。
(ここは、もう通過点じゃない)
土の匂いが、確かにそこにあった。
第26話「畑に立つ」では、廃村での本格的な生活が始まりました。
修理屋としてのカイだけでなく、「生きるために手を動かすカイ」が描かれています。
畑はすぐに答えを返しません。
芽が出るかどうかも、まだわからない。
それでも種を蒔く――
それ自体が、ここに留まる覚悟の証でした。




