第24話:広間を掃除する
雨の夜を越え、廃村で迎えた最初の朝。
火は残り、屋根は持ちこたえた。
次に必要なのは――人が集まれる場所だった。
蒼月亭として使う大きな家の中央にある広間。
埃と静寂に覆われたその空間には、かつて村を支えた痕跡が残されている。
三人は箒を手に取り、過去と向き合うように掃除を始めた。
朝の光が、割れた窓から斜めに差し込んでいた。
光の筋の中で、埃がゆっくりと舞っている。
「……まずは、ここだね」
ミレーヌが広間を見渡し、そう言った。
家の中央に位置する大広間。
天井は高く、梁は太い。
壁際には長机がいくつも並び、奥には板張りの掲示板が残っていた。
「宿にするなら、ここが要だ」
「……人が集まる場所」
リディアが短く付け足す。
カイは黙って柱に手を触れた。
掌に伝わる感触は硬く、傷だらけだ。
「刻み跡……」
柱の一つに、無数の浅い切れ込みが残っている。
高さは一定で、等間隔。
「背比べ、かな」
ミレーヌが目を細めた。
「村の子どもたちが、毎年刻んだんだろうね」
リディアは何も言わず、しばらくその跡を見つめていた。
掃除は静かに始まった。
箒で床を掃き、蜘蛛の巣を落とし、倒れた椅子を起こす。
「この長机……」
カイが手をかけると、軋みながらも形を保った。
「脚はしっかりしてる。天板を削れば、まだ使えます」
「いいね。酒と料理を並べるには十分だ」
ミレーヌは満足そうに頷く。
掲示板の前で、リディアが立ち止まった。
板には、色褪せた紙の跡がいくつも残っている。
「依頼……連絡……祭りの知らせ」
指でなぞりながら、淡々と読み上げる。
「ここで、村は動いていた」
「村長の家、だったんだろうね」
ミレーヌが言った。
「話し合いも、決まり事も、全部ここで」
カイは釘の抜けた掲示板を見て、工具を取り出した。
「留め直します。……掲示板は、必要ですから」
「必要?」
「はい。ここが宿なら、知らせを書く場所は要ります」
少し考えて、続ける。
「それに……人が集まる理由にもなる」
昼過ぎ、広間は見違えるほど明るくなった。
埃は減り、床が見え、机は並び直されている。
「……悪くない」
リディアがぽつりと言った。
ミレーヌは広間の中央に立ち、腕を組む。
「ね。ここ、満席になるよ。いつか」
カイは柱の刻み跡をもう一度見上げた。
(ここで、人は笑って、悩んで、決めてきた)
過去の声は消えている。
だが、場所は残っている。
「……ここから、始めましょう」
カイの声は静かだったが、はっきりしていた。
三人は、何も書かれていない掲示板を見上げた。
白紙のままの板が、未来を待っているように見えた。
第24話「広間を掃除する」では、廃村で最初に“人が集まる場所”を整える様子が描かれました。
柱の刻み跡、掲示板、長机――それらは村が確かに生きていた証です。
蒼月亭は、ただの宿ではありません。
人が集い、言葉が交わされる場所として、再び息を吹き返そうとしています。




