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第23話 最初の夜

廃村に辿り着いた三人は、屋根の残る一軒家を仮の拠点に選んだ。

人の気配はなく、風と草の音だけが支配する場所。

火を起こし、雨をしのぎ、夜を越える――

それは戦いではないが、生きるための最初の試練だった。

日が沈むのは早かった。

山に囲まれた廃村は、夕暮れと同時に影を深く落とす。


「今日は……ここで休もう」

ミレーヌが、蒼月亭として使うことに決めた家を見上げた。


村の中心に近い、一番大きな家。

壁は厚く、柱も太い。かつては村長の家だったのかもしれない。

だが屋根はところどころ抜け、瓦の代わりに板が仮に打ち付けられているだけだった。


「夜露は防げるけど……雨が来たら、厳しいね」

ミレーヌの言葉に、リディアが空を見上げる。

雲は低く、重い。


「降る」

短く、それだけ言った。


カイは無言で頷き、工具を抱えた。

昼間、井戸を直した時に見つけた廃材が、まだ庭先に積まれている。


「……間に合うかな」

「間に合わせるさ」

ミレーヌが言い切る。


三人は役割を分けた。

リディアが周囲を警戒し、ミレーヌが中で火を起こす準備をする。

カイは屋根に登った。


軋む音が足裏に伝わる。

板は古く、釘も浮いている。


(直す……というより、持たせる、だな)


完全な修理ではない。

だが、雨を防ぎ、火を守り、夜を越えるには十分だ。


板をずらし、割れを避け、重ねる。

釘は再利用し、曲がりは叩いて伸ばす。

一つ一つの動作に、焦りはない。


――ぽつ。


最初の雨粒が、頬に当たった。


「来たよ、カイ!」

ミレーヌの声が下から響く。


「もう少し!」

返事をしながら、最後の板を打ち付ける。


雨はすぐに本降りになった。

だが、屋根を叩く音は外で止まり、家の中には落ちてこない。


「……入って!」

ミレーヌが叫ぶ。


カイが屋根から降りた瞬間、火がふっと揺れた。

湿った空気が流れ込み、焚き火が消えかける。


「まずいね」

ミレーヌが薪を足すが、火は弱い。


リディアが外套を脱ぎ、風よけに立つ。

「屋根は持ってる。風を切る」


カイは火床を見て、即座に動いた。

濡れた薪を避け、乾いた破片を選ぶ。

火口を守るように石を組み替え、空気の流れを変える。


「……よし」


火は、再び息を吹き返した。

小さいが、確かな炎だ。


三人は火を囲み、黙って座った。

雨音が屋根を叩く。

だが、滴は落ちてこない。


「……役に立ったね」

ミレーヌが、ぽつりと言う。


「はい」

カイは火を見つめたまま答える。

「直した屋根が、最初の仕事でした」


リディアが静かに頷く。

「生きるための修理」


夜は長かった。

だが、寒さは凌げた。

雨は止まなかったが、火は消えなかった。


やがて、ミレーヌが欠伸をした。

「寝ようか。……明日もやることは山ほどある」


三人は簡素な寝床に身を横たえた。

雨音が子守歌のように続く。


カイは目を閉じる直前、思った。

ここは、まだ何もない。

だが――守れる。


屋根があり、火があり、水がある。

それだけで、人は夜を越えられる。


廃村の最初の夜は、静かに、確かに更けていった。

第23話「最初の夜」では、廃村で迎える初めての夜が描かれました。

剣も敵も登場しない一夜ですが、雨・火・屋根という生活の根幹が試される場面です。


修理屋カイの技は、戦場だけでなく「眠れる夜」を作るために使われました。

この夜を越えられたことが、廃村復興の本当の始まりとなります。

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