第22話 「廃村に灯る、最初の一滴」
蒼月亭を焼け跡に残し、四人は街道を捨てて山へ入った。
追われる旅ではない。
自分たちの居場所を選ぶための旅だ。
◆山越えの旅路
燃え落ちた蒼月亭を背に、四人は街道を外れ、山道へ踏み入った。
先頭を歩くのはダリウス。大剣を背負い、迷いなく枝を払いながら進む。
「クローディア家の影を避けるなら、街道は使えん。山越えだ」
振り返り、歯を見せて笑う。
「きついが、その分、追っ手も道に迷う」
ミレーヌとカイは顔を見合わせ、静かに頷いた。
霧の濃い獣道。苔むした石段。峠を越える風は冷たく、息が白む。
足は重くなるが、不思議と歩みは止まらなかった。
前を行く背中がある。それだけで、進めた。
◆魔物との遭遇
二つ目の峠に差しかかった時だった。
茂みががさりと揺れ、赤い光がいくつも瞬いた。
「……ゴブリン」
リディアが低く告げる。
次の瞬間、群れが飛び出した。棍棒を振り回し、牙を剥く。
「任せとけ!」
ダリウスの大剣が唸り、前に出たゴブリンをまとめて吹き飛ばす。
豪快な一撃に、群れの勢いは一気に削がれ、敵は散り散りに逃げていった。
だが――。
「……っ」
リディアの盾に走ったひびから、金具が外れ落ちた。
カイは迷わなかった。即座に膝をつき、工具を広げる。
「止まってください。今すぐ直します」
金具を締め直し、革紐を補強する。
手は速く、動きに無駄がない。
「……もういい」
盾を構えたリディアが目を細めた。
「さっきまで欠けていたのに、もう使える」
「僕は戦えません。でも――」
カイは顔を上げる。
「壊れたままじゃ、命が危ない。直せば、まだ戦えます」
その真剣な眼差しに、ミレーヌが小さく笑った。
「ほんと、頼りになるね」
戦いは短く終わり、再び山道へ戻った。
◆焚き火の夜
夜。
焚き火を囲み、乾いたパンを分け合う。炎の揺らめきが、四人の顔を赤く染めた。
「ねえ、カイ」
ミレーヌがふいに口を開く。
「どこへ行くにしても……覚悟はできてるかい?」
カイは火を見つめ、少しだけ黙った。
「……怖いです。でも」
炎の向こうに、焼け落ちた蒼月亭がよぎる。
「蒼月亭で過ごした時間が、僕を支えてくれました。ミレーヌさんと一緒なら……どこでも、やれる気がします」
「そうこなくちゃ」
ミレーヌは杯を掲げる。
「酒と料理と、あんたの修理。それだけあれば、生きていける」
焚き火が静かに爆ぜ、夜空の星が瞬いた。
◆別れ
二つ目の山を越えたところで、空気が変わった。
乾いた風。森の奥から漂う、重い気配。
「……魔族領が近い」
リディアが剣に手をかける。
その時、ダリウスが足を止めた。
「ここまでだ」
「隊長?」
「俺は軍務に戻る。これ以上は同行できん」
振り返った顔は真剣で、それでいて誇らしげだった。
「カイ。お前の修理は、剣を直すだけじゃない。仲間の心を繋いでる。胸を張って進め」
カイは言葉を失い、深く頭を下げた。
「ありがとうございました……必ず、この手で道を繋ぎます」
ダリウスは大剣を背負い、山の霧の中へ消えていった。
◆廃村
三人になった一行は、谷を下る。
やがて、奇妙な静けさに包まれた場所へ出た。
崩れた家屋。蔦に覆われた畑。倒れた柵。
「……廃村だね」
ミレーヌが呟く。
カイは朽ちた井戸に歩み寄った。桶は割れ、滑車は錆びている。
「でも……もし、水が残っていたら」
工具を取り出し、木を削り、錆びた金具を締め直す。
そして桶を落とし、縄を引いた。
――ごぽり。
冷たい水音が、井戸の底から響いた。
「……出た」
澄んだ水が溢れ、三人の顔に笑みが浮かぶ。
「これで、生きていける」
カイが小さく呟く。
「やっぱり、あんたは修理屋だよ」
ミレーヌが肩を叩く。
リディアも静かに頷いた。
「居場所は……ここから作ればいい」
荒れ果てた村に、確かな希望の音が響いていた。
水が出たから、生きられる。
直せたから、進める。
蒼月亭は燃えたが、修理屋の仕事は、まだ始まったばかりだ。




