第二話 鍛冶屋の片隅で
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第2話では、カイが城下町の鍛冶屋に通いながら「修理」のスキルを磨く様子を描きます。
地味で役に立たないと笑われてきたスキル。けれど、鍛冶屋のオヤジだけはその可能性を見抜いてくれていました。
兄たちに見下され続けた日々の中で、初めて「認められた」と感じる瞬間。
それがカイの心にどんな火を灯すのか――。
カイが十歳になった頃には、ほとんど毎日のように城下町の鍛冶屋へ通っていた。
クローディア家の一員とはいえ、屋敷での居場所はなく、兄たちからは「役立たず」と言われ続ける日々。だからこそ、彼は鍛冶屋の煤けた匂いの中に、自分の存在価値を見いだしていた。
カン、カンと鉄を打つ音。火花が散る度に、胸の奥に熱が宿る気がした。
「おう坊主、ようやく来たか」
大きな腕を振るって鉄を打っていた鍛冶屋の親父――街の人々からは“オヤジさん”と呼ばれる男が、煤だらけの顔をこちらに向けた。
「はい。昨日頼まれてた鎧の修理、仕上げてきました」
カイは布でくるんだ鎧を差し出す。オヤジさんが受け取り、目を凝らす。
「おいおい……昨日より綺麗に仕上がってるじゃねぇか。いい出来だぞ」
「いえ、僕の腕じゃなくて、“修理”のスキルが勝手に成長してるだけですよ」
「へっ、いいことじゃねえか」
オヤジさんは鼻を鳴らしながらも、口の端に笑みを浮かべる。
「だがよ、坊主。お前の力はもう『ただの修理』じゃねえ。剣も鎧も、使えなくなったもんが蘇っちまうんだ。あのクローディア家の誰よりも、ずっと役に立つ日が来るぜ」
「……でも、俺には修理しかできないから」
カイは小さく肩をすくめた。
オヤジさんはしばらく黙って彼を見ていたが、やがて真剣な声で言った。
「いいか、坊主。この街に縛られるな。お前の腕なら、いずれどこへ行っても食っていける。忘れるなよ」
その言葉は、カイの胸に小さな火を灯した。
◆
ある日のことだった。鍛冶屋の扉が、バンッと乱暴に開かれた。
「どけ!」
現れたのは豪奢な服を着た青年――カイの長兄だった。
城下町の空気には似つかわしくない、鼻持ちならない威圧感を纏っている。
「……兄上……」
「おいカイ、これをすぐ直せ」
無造作に投げられたのは、刃こぼれだらけの剣だった。かつては高価だっただろうが、今ではただの鉄屑同然。
カイは剣を拾い上げ、目を細める。
「……これは、相当ひどいです。時間がかかりますが……」
「時間?」長兄が鼻で笑った。
「ふざけるな。お前の取り柄は“修理”しかないんだろう? 黙って早くやれ!」
その場の空気が一気に張り詰める。
オヤジさんが黙っていられず、奥から出てきた。
「おいおい、ここは俺の鍛冶屋だぞ。俺の店で勝手に仕切るんじゃねぇ!」
「黙れ!平民風情が」長兄が冷ややかに睨む。
「これはクローディア家の問題だ」
オヤジさんは歯噛みした。だがカイはうつむき、静かに答えた。
「……わかりました。直します……」
「カイ、お前……」
オヤジさんの目に、悔しさと心配が混じった色が浮かぶ。
長兄は鼻を鳴らし、ふんぞり返って出て行った。
◆
残された鍛冶屋の中で、カイは黙々と剣に向かっていた。
布で拭い、欠けをなぞり、力を込める。淡い光が刃に走り、ひび割れた部分が繋がっていく。
「……よし、形にはなった」
息を吐くカイに、オヤジさんがぼそりと呟く。
「坊主、お前……いずれはここを出ろ。クローディア家なんざに縛られてたら潰されるだけだ」
「でも……俺には修理しか……」
「馬鹿野郎!」オヤジさんが怒鳴った。
「剣がなきゃ戦えねぇ。鎧がなきゃ守れねぇ。修理がなきゃ、壊れたら全部ゴミだ。お前の力は、ただの“修理”の力じゃねぇんだよ」
その言葉に、カイははっと息をのんだ。
誰も認めてくれなかった自分の力を、真正面から肯定してくれる人がいる。
「……オヤジさん」
「覚えとけ、坊主。壊れたもんを直せる奴は、戦場じゃ命より重い。いつかお前を必要とする奴が必ず現れる。そん時は胸張って名乗れ。“修理屋カイ”だってな」
カイは小さく笑った。
「……はい」
心の奥に、確かな熱が生まれる。
冷遇され、見下され続けた日々の中で初めて芽生えた「自分の力を信じたい」という想い。
修理しかできない――そう思い込んでいた自分。
けれど、オヤジさんの言葉が胸の奥で響き続けていた。
(修理……そんなに駄目なのか? 俺にしかできないことが、きっとあるはずだ)
少年の小さな呟きは、やがて大きな未来へと繋がっていくのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
今回は「修理」というスキルが、ただの落ちこぼれ扱いではなく、確かな価値を持つと示された回でした。
オヤジさんにかけられた言葉は、カイにとってきっと忘れられない宝物になるはずです。
次回は、カイが16歳を迎えます。
クローディア家の冷酷な現実の中で、カイはどう動くのか……。