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第15話 杖を繋ぐ霊木の約束

正式に「修理屋カイ」がオープンしてから一ヶ月。

酒場《蒼月亭》は修理と飲食が融合した独特の賑わいを見せ、冒険者たちの拠点としてますます繁盛していた。

そんなある日、見慣れない冒険者の一行がやってくる。

彼らが差し出したのは、霊力を宿す特別な木で作られた魔導士の杖。

修理には材料が必要――そこで交わされる約束が、新たな冒険と人の縁を呼び込むことになる。

◆一ヶ月後の蒼月亭


正式に《修理屋カイ》が蒼月亭の一角に看板を掲げてから、もう一ヶ月が経っていた。


その間、客足は確実に伸び、冒険者たちの間でも「武器の修理なら蒼月亭へ」という評判が広がり始めていた。

冒険帰りの者が武具を預け、修理を待つ間に酒を飲み、料理を味わう。

修理が終わる頃には、彼らは笑顔で「また頼むよ」と言って帰っていく。


修理屋と酒場。

一見奇妙な組み合わせだが、互いに客を呼び込み合い、今や蒼月亭の繁盛は街でも話題になっていた。


「よし、次の方どうぞ!」

カイが金槌を置き、盾を修繕した冒険者に手渡す。

「おお、ありがとう! 助かったよ」

笑顔で去っていく背中を見送り、カイは小さく息をついた。

忙しい毎日だが、不思議と疲労よりも充実感の方が勝っていた。


◆見慣れぬ一行


その夜、酒場の扉が開き、見慣れない冒険者の一行が入ってきた。

ローブを纏った魔導士、鋭い眼差しの戦士、軽装の弓使い、そして背負い袋を抱えた若い従者――。

どこか旅慣れた雰囲気をまとい、周囲の客も一瞬ざわついた。


「ここに、武器を修理してくれる所があると聞いたのですが?」

魔導士が静かに問いかける。


「あそこだよ、ほら」

常連客の一人が笑って隅を指差す。


「こちらでしょうか?」

一行はカイの作業台へと歩み寄った。


「はい。私が修理屋カイです」

カイは立ち上がり、丁寧に応じた。


◆壊れた杖


魔導士が抱えていたのは一本の杖だった。

長く使い込まれているらしく、木の部分には細かい傷が刻まれている。

しかし問題は根元近く。木が大きく割れ、今にも折れ落ちそうになっていた。


「これなんですが……直せますか?」

差し出された杖を受け取り、カイはじっと観察する。


「……直せます。ただし――材料が必要です」


「材料とは?」

弓使いが身を乗り出す。


カイは杖の木目を撫でながら答えた。

「この木と同じものです。もし同じ木材が用意できれば、割れた部分を交換できます。

 量が少なければ応急処置として繋ぎ合わせる方法もありますが……完全に修理するなら同じ木が必要です」


魔導士は小さく頷き、そして言った。「やはり…」

「これは霊力を帯びた特別な木です。名を《ルミナの霊木》といいます」カイが言う。


「ルミナの霊木……」

魔導士は思わず呟いた。


◆霊木の真実


カイは杖を撫でながら説明した。

「これはこの街の先、山を超えたあたりにだけ生える木。

 魔力を蓄える性質を持ち、魔導士の杖に用いられる特別な素材です。

 だが採取は難しく、霊気に当てられて倒れる者も少なくない」


魔導士は真剣に聞き入っていた。

「……なるほど。なら、この木を取ってこなければ完全には直せませんね」


カイは静かに頷く。「そういうことです。」

「ですが、この杖は私にとって相棒同然。どんな危険を冒してでも、必ず直したい」魔導士が言う。


戦士が腕を組んでうなずいた。

「だから俺たちが行って採ってくる。カイ、あんたは待っていてくれ。材料を持ち帰ったら、修理を頼みたい」


◆交わされた約束


カイは少し考え、しかし迷いはなかった。

「わかりました。霊木を持ち帰っていただければ、必ず直します」


その言葉に、一行は顔を見合わせて微笑んだ。

魔導士が深々と頭を下げる。

「ありがとう、修理屋カイ。必ず持ち帰る。そして再びこの杖を振るえるようにしてほしい」


「はい、任せてください」

カイの返事には力がこもっていた。


◆仮修理


蒼月亭の奥、修理台に杖が横たえられていた。

割れた木目は痛々しく、まるで長年の旅路に耐えてきた証のようだった。


「……これで、ある程度は使えると思います」

カイは慎重に砥ぎ出し、金具を調整し、裂け目を仮止めした。

亀裂部分を金属で補強し、霊力が途切れぬよう細心の注意を払う。


魔導士は修理の様子を食い入るように見つめていた。


カイは最後に工具を置き、真剣な表情で言った。

「ですが……大出力の魔法は控えてください。

 完全に直したわけではありません。もしも無理に力を流せば、折れてしまうでしょう。

 そうなれば交換しかなくなり、修理はききません。どうか……折れずに持って帰ってきてください」


その声には、職人としての真摯さと祈りが込められていた。


◆杖の手応え


魔導士が両手で杖を受け取る。

その瞬間、彼は小さく息を呑んだ。


「……さっきまでと全然違う」

掌に伝わる霊力の脈動に驚きが広がる。


「今までは自分で繋ぎ合わせて、なんとか使っていました。

 ですが霊力の流れが途切れ、魔法を放つたびに軋む感覚がありました。

 ……今はどうでしょう。まるで新品のようだ。

 とても壊れているものとは思えません」


仲間たちも口々に声を上げた。

「本当だ、魔力の気配が安定している!」

「これなら戦いの最中でも使えるな」


カイは少し照れくさそうに微笑む。

「材料が揃えば、完全に直せます。だから……どうか無事に戻ってきてください」


◆女将の送り出し


その言葉に、ミレーヌが横から口を挟んだ。

「まったくだよ。無茶はするんじゃないよ」


ジョッキを拭いていた手を止め、冒険者たちの方を睨むように見やった。

「アンタたち、命を落とすような真似をして帰ってこなかったら、カイが悲しむんだ。

 あたしもあんたらを叱りに霊峰まで出向かなきゃならなくなる。……わかったね?」


その迫力に、戦士も弓使いも思わず背筋を伸ばした。

「は、はいっ……!」


だが次の瞬間、ミレーヌは笑顔になり、腰に手を当てた。

「無事に帰ってこいよ。霊木を持って帰ったら、カイが必ず最高の仕事をしてくれる」


「はい!」

魔導士は深く頭を下げ、仲間たちと視線を交わす。

冒険者たちの目には決意の光が宿っていた。


◆旅立ち


翌朝。

霊峰カディールへと向かう道は、まだ朝靄に包まれていた。

街の門を出ると、冒険者パーティの姿が小さくなっていく。


「行っちゃったな……」

カイは門の前に立ち、背中を見送った。


隣で腕を組むミレーヌが言う。

「大丈夫さ。あの目を見たろ? 必ず帰ってくるよ」


「……そうですね」

カイは深く息を吐き、胸の奥に灯った不安を押し込めた。


自分の修理が彼らの命を繋ぎ、彼らの冒険がまた新しい物語を紡ぐ。

修理屋と冒険者、その関係がこうして広がっていくことを、彼ははっきりと感じていた。


「さ、あんたはあんたの仕事に戻りな。帰ってきた時に備えて、工具を磨いておくんだよ」

ミレーヌの言葉に、カイは頷き、再び修理台に向かった。


――こうして、霊木を求める新たな冒険が始まった。

第15話では、冒険者パーティが霊峰カディールへ向けて旅立つ場面が描かれました。

カイは杖に仮修理を施し、冒険者たちに「無事に戻ってきてほしい」と願いを託します。

ミレーヌの厳しくも温かな送り出しが、彼らの背を押しました。

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