第14話 正式看板《修理屋カイ》誕生
戦場での大勝利から一夜明け、街オルフェンには再び日常が戻ろうとしていた。
英雄ダリウスは仲間を連れて旅立ち、冒険者たちも新たな依頼へと散っていく。
そんな中、蒼月亭の女将ミレーヌが一つの提案を口にした。
「ここで正式に修理屋を開いてみないかい?」
臨時から本格へ――修理屋カイの新しい一歩が幕を開ける。
◆翌日の別れ
朝の光が城壁を照らし、石畳を淡く染めていた。
ダリウス隊長一行は荷をまとめ、城門の前に並んでいた。
「また会おう、カイ!」
ダリウスは豪快な笑みを浮かべ、手を大きく振った。
「はい! その時までに、もっと腕を磨いておきます!」
カイも負けじと声を張り上げる。
「また武器の修理を頼みにくるからな! あの剣は最高だった!」
そう言い残し、彼らは馬にまたがり、街道を駆けていった。
土埃の向こうに姿が消えると、街に残った人々は拍手で見送った。
「さすが隊長だ……」
「命の恩人だな」
兵士や市民が感慨深げに呟く中、カイは胸の奥にぽっかりと空いた寂しさを覚えていた。
◆動き出す冒険者たち
ダリウスたちの出立に続き、他の冒険者たちも動き出していた。
「次は北の遺跡に行くか!」
「依頼は山ほどあるし、稼ぎ時だな」
昨夜まで酒盛りに興じていた彼らは、すでに次の戦場を目指していた。
それが冒険者という生き方であり、また街を支える力でもあった。
カイはその背を見送りながら、自分もまたここで「生き方」を選ばなければならないと感じていた。
◆女将の提案
「おやおや、物思いにふけってるのかい?」
声をかけたのは、盆を抱えたミレーヌだった。
「いえ……ちょっと考え事を」
「ふん、あんたらしいね」
ミレーヌはにやりと笑うと、盆をカウンターに置いた。
「実はね、酒場をちょっと改装しようと思ってるのさ」
「改装……ですか?」
「そう。あんたが戦場で修理屋を開いたろう? あれが思った以上に評判でね」
ミレーヌは言葉を続けた。
「ダリウスが言ってたよ。『臨時の蒼月亭を出してくれて、しかもカイの修理屋まであったなんて、戦場に行く者にとっては最高の場所だった』ってさ」
カイの目が丸くなる。
「隊長が……そんなことを……」
「だからだよ。ここに居る間は、ここを拠点にするのはどうだい? 今までのような間借りじゃなく、お互い商売としてやろうじゃないか」
ミレーヌの目は真剣で、同時に楽しげでもあった。
「宿屋に修理屋。客にとっては酒も飯も武器の修理も一度に揃う。こんな便利な組み合わせ、そうそうないだろ?」
◆少年の答え
カイはしばし黙り込み、胸の中で言葉を探した。
臨時の修理屋はあくまで戦場の偶然から生まれたもの。
だが今、女将の口から「正式に」という言葉が出た。
(僕は……本当にここでやっていけるだろうか)
不安はあった。だが同時に、昨日の夜の光景が脳裏によみがえる。
笑顔、歓声、そして「居場所」という温もり。
カイは深く息を吸い、ゆっくりと頭を下げた。
「ありがとうございます。お世話になります」
その声は小さかったが、決意の色を帯びていた。
「よし、決まりだね!」
ミレーヌは笑い、力強くカイの肩を叩いた。
「修理屋カイ、正式開業だ!」
◆新しい看板
数日後、蒼月亭の一角に新しい看板が掲げられた。
そこには大きく――《修理屋カイ》の文字。
冒険者たちは立ち止まり、口々に評判を語る。
「お、正式に開いたのか!」
「こりゃありがたいな、これからは帰りに必ず寄ろう」
カイは作業台に立ち、汗を拭きながら新しい看板を見上げた。
胸の奥に、昨日までとは違う確かな実感があった。
――ここが、自分の場所だ。
臨時から正式へ。
修理屋カイの物語は、ここから新しい章を迎えようとしていた。
第14話では、ダリウス隊長との別れを経て、カイが「正式な修理屋」として蒼月亭に拠点を構える場面が描かれました。
臨時から本格へ――偶然ではなく必然として、修理屋カイは街に根付いていきます。
戦場を支えた少年は、今度は街の一員として冒険者や兵士の日常を支えることに。




