第13話 居場所という名の杯
戦場を支えた臨時の《蒼月亭》はその役目を終え、再び街の宿屋として賑わいを取り戻した。
勝利を祝う酒宴の夜、カイは隅の席で静かに杯を傾ける。
そんな彼のもとに現れたのは、街を救った英雄ダリウス隊長。
そして語られるのは、カイの生い立ちと、彼がなぜ「修理屋」としてここにいるのか。
温かな祝福と過去の告白が交差する中で、カイは少しずつ自分の居場所を見出していく。
◆賑わいを取り戻す蒼月亭
蒼月亭は再び明かりに包まれていた。
戦場の緊張感を忘れさせるように、大きなテーブルには煮込み料理が並び、香ばしい肉の匂いと香草の香りが立ち上る。
「次、麦酒三つ! 奥のテーブルには煮込み追加!」
ミレーヌの張りのある声が響き、従業員たちが忙しなく走り回る。
給仕娘の手にはパン籠、厨房からは湯気をまとった皿が次々と運ばれてくる。
血の匂いが支配していた戦場の気配はもうなく、笑い声と歌声が夜空に響き渡っていた。
◆隅に座る少年
そんな賑やかな空気から少し離れた隅の席に、カイは腰を下ろしていた。
手にしているのは木の杯。
周囲の笑顔を眺めながらも、自分はその輪に完全には入りきれない気がして、ひとり静かな時間を選んでいた。
(みんなの笑顔を見るのは嬉しい……けど、僕はまだ……)
胸の中に去来するのは、誇らしさと、どこか小さな孤独だった。
◆英雄の隣席
「ここにいたか」
豪快な声が響き、木の椅子が軋む。
隣に座ったのは、戦場の英雄――ダリウス隊長だった。
分厚い胸板からはまだ鉄と汗の匂いが漂い、堂々としたその姿に、周囲の客も自然と目を向ける。
「今日は助かったよ」
ダリウスは杯を掲げ、笑みを浮かべる。
「いえ、僕の方こそ……。皆さんが戦ってくれたから街は守られたんです」
カイは少し緊張しながら答えた。
「だがな、お前がいなきゃあの剣はなかった。あれがなければ、俺も魔物の腹の中だっただろうさ」
ドンとテーブルを叩くと、周囲から「おうおう!」と囃し立てる声が上がり、酒場中がさらに賑わった。
◆告白
笑顔を見せていたカイだったが、ふと真顔になった。
「……そういえば、どうしてここに居るんだ? 鍛冶屋はどうした?」
ダリウスの問いに、カイはしばし迷った末に口を開いた。
「……実は、僕はクローディア家の五男なんです」
「クローディア……あの名門貴族のか?」
ダリウスの眉が驚きで跳ね上がる。
「はい。でも、後継の見込みもなく、持って生まれたスキルは“修理”だけ。
家では冷遇され続けて……居場所がなかったんです」
カイは杯を見つめ、淡々と語る。
「ただ、城下町の鍛冶屋のオヤジさんだけはよくしてくれました。
あの人がいなければ、僕はきっとここまで来られなかった。
だから、クローディア家の影響の届かない場所で、自分の力だけで生きたいと思ったんです」
沈黙が落ちる。
ダリウスは腕を組み、目を細め、ゆっくりと頷いた。
「……そうか。なるほどな」
その声には哀愁と、どこか温かな響きが混じっていた。
◆女将の温もり
そのやり取りを遠目で聞いていたミレーヌは、手にしていた盆を一瞬止めた。
普段は口うるさくカイを叱り飛ばす彼女だったが、今の話に胸の奥が少し締め付けられた。
「まったく……あんた、そんな大事な話、今まで一言も言わなかったじゃないの」
盆を置いてカイの背を軽く叩く。
「ご、ごめんなさい……」
「謝ることじゃないさ。むしろ、これからは胸張って言いな。
あんたはあんたの力でここまでやってきたんだから」
その言葉に、カイの胸は熱くなった。
笑顔の裏に隠れていた孤独が、少しずつ和らいでいく。
◆祝福の渦
「よし、今夜は飲め! カイのおかげで俺たちは生きて帰れたんだ!」
ダリウスが声を張り上げると、酒場中から歓声が上がった。
「カイに乾杯だ!」
「お前の剣、最高だったぞ!」
「修理屋バンザイ!」
杯が次々と掲げられ、カイは一気に祝福の渦に巻き込まれる。
顔を真っ赤にしながら立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……! これからも、全力で直します!」
その声は決して大きくはなかったが、酒場にいた全員の胸に届いた。
その夜、蒼月亭は遅くまで笑い声と歌声に包まれ、カイの胸の中にも確かな「居場所」という温もりが広がっていったのだった。
第13話では、戦いを終えた安堵の中でカイが自らの過去を告白し、仲間たちの温かな受け入れによって「居場所」を見つけていく姿が描かれました。
ダリウスの豪快な声、ミレーヌの厳しさに隠れた優しさ――そのすべてが、カイの心を支え、次の一歩へと繋がっていきます。




