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第12話 勝利の酒宴、そして残された影

巨大な魔物との戦いは終わりを告げ、討伐隊はついに勝利を収めた。

だがその直後、街の門前に設けられた臨時の《蒼月亭》には、傷ついた兵士や冒険者たちが次々と運び込まれる。

勝利の喜びと、犠牲の重み。歓声と悲嘆が交錯する中、女将ミレーヌは戦場の司令官のように采配を振るい、カイは修理屋として命を繋ぐ。

そして戦いの幕が閉じた時、蒼月亭は再び「宿屋」としての顔を取り戻そうとしていた。

◆戦場の静寂


轟いていた雄叫びも、やがて沈黙に飲み込まれた。

巨大な魔物がダリウスの手にした一振りの剣によって両断された瞬間、戦場の流れは決定的に変わったのだ。


「やったぞォォーーー!」

兵士や冒険者たちの声が谷に響き渡り、勝利の実感が広がっていった。


しかし歓声は束の間だった。

戦いの爪痕は深く、負傷者の列は途絶えることなく街へと押し寄せてきた。


◆臨時の蒼月亭


正門前の広場に設けられた臨時の蒼月亭は、今や戦場帰りの兵士たちの拠点となっていた。

血に濡れた鎧を着た冒険者、肩に大きな傷を負った兵士、足を引きずり仲間に支えられる若者――。

誰もが疲れ果て、しかし帰ってこられた安堵を滲ませていた。


「担架をもっと用意しな! 包帯はまだ残ってるだろ!」

ミレーヌの怒鳴り声が飛ぶ。

普段は豪快に笑う酒場の女将だが、今はまるで戦場の司令官のようだった。


従業員たちは彼女の指示に従い、次々と怪我人を処置していく。

水を運ぶ者、薬草をすり潰す者、血に濡れた衣服を剥ぎ取る者。

混乱しかけていた広場は、彼女の采配で次第に秩序を取り戻していった。


◆修理屋の役目


カイは修理台の道具を片づけ、今はただ手伝いに徹した。

だが次の瞬間、彼の手に一振りの剣が差し出される。


「この剣、刃こぼれしてる! 使えないままじゃ危険だ!」

傷だらけの冒険者が叫ぶ。


「わかりました、応急ですが研ぎ直します!」

カイは即座に答え、砥石を手に取った。

血や汗にまみれた刃を拭い、素早く研ぎ直す。


「おお……! これならまだ戦える!」

冒険者は短く礼を告げ、再び仲間のもとへ駆けていった。


カイはその背を見送りながら、心の奥で強く願う。

(どうか無事に戻ってきてくれ……!)


◆女将の采配


「水だ! 早く回せ!」

「こっちは止血が先だ! 落ち着け、慌てるな!」


ミレーヌの声は鋭く、しかし温かさを含んでいた。

その声に従えば間違いがないと、兵士たちも冒険者も信じていた。


カイはちらりと彼女を見て思う。

(やっぱり、すごい人だ……僕なんかとは違う。けど、少しでも支えにならなきゃ)


女将の背は、戦場を支える砦そのものだった。


◆戦いの終わり


やがて、最後の負傷者が門をくぐった。

「門を閉じろ!」

兵士たちの号令が響き、重い扉がきしみながら閉まっていく。


街を包んでいた緊張が、ようやく緩んだ。

誰もがどっと息を吐き、肩を落とす。


「――よし、撤収するよ!」

ミレーヌが高らかに宣言する。

「ここはもう臨時の蒼月亭じゃない。帰って宿を開けるんだ! 今度は酒場で騒ぎたい奴らの相手だよ!」


その言葉に、疲れ切った兵士や冒険者から笑いがこぼれた。

血と汗と涙にまみれた戦いの後だからこそ、豪快な女将の声が心地よく響いた。


◆カイの胸に残ったもの


カイもまた、工具をまとめながら小さく息を吐いた。

「ようやく……終わったんだ」


自分は戦場に立てない。

それでも剣を研ぎ、武器を直し、仲間を送り出し、迎え入れることができた。

その積み重ねが誰かの命を繋いでいる。


――それで十分だ。


心の奥でそう呟きながら、カイは再び街の宿屋としての賑わいを思い描いた。

臨時の蒼月亭は役目を終え、ふたたび「宿屋」としての顔を取り戻そうとしていた。

臨時の蒼月亭は、戦う者を迎え入れ、癒し、送り出す拠点としてその役割を全うします。

カイは自分の無力さに苛まれながらも、修理屋としての役割が確かに人の命を繋いでいると実感することができました。

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