第一話 修理しかできない少年
はじめましての方も、そうでない方もこんにちは!
この物語は、剣も魔法も使えない“修理しかできない少年”カイが、自分だけの力を信じて歩き出す成長譚です。
貴族の家に生まれながら冷遇され、居場所を見失った彼が、やがて“修理”という唯一のスキルで仲間を支え、世界に必要とされる存在へと変わっていく――そんな始まりのエピソードになります。
地味だけど、確かに役立つ。
そんなスキルの可能性を、一緒に見ていってもらえたら嬉しいです。
カイが目を覚ましたのは、見知らぬ天蓋付きベッドの上だった。
豪奢な天井の彫刻、重厚なカーテン、きらびやかな調度品――どれも輝くほど高価そうで、まるでゲームや映画の中にでも迷い込んだかのようだった。
「……ここは?」
思わず声を漏らした瞬間、自分の声の高さに驚く。
それは幼い、まだ変声期すら迎えていない少年の声だった。
慌てて身を起こし、鏡台に置かれた姿見を覗き込む。
映っていたのは黒髪に青い瞳を持つ八歳ほどの少年。
頬はまだあどけなく、手足も細い。
だが、その目には前世の彼が持っていた疲れ切ったサラリーマンの影がわずかに残っていた。
(まさか……転生? 俺、確かにあの時――)
脳裏に浮かぶのは、前世の記憶。
社畜としてただひたすらに働き続け、睡眠もろくに取れず、心も身体もすり減らしていた日々。
そして深夜残業の帰り道、突然目の前を覆ったまばゆい光。
意識を失ったその先で、彼は今、この世界に目を覚ましたのだ。
◆
やがてドアが開き、一人の侍女が入ってきた。
「カイ様、もうお目覚めでしたか」
「……カイ?」
呼ばれた名に、彼は瞬きをした。どうやら自分はカイ・クローディアという名らしい。
さらに侍女の言葉で、自分が「クローディア家」という大貴族の五男であることを知る。
この家は王国でも屈指の権勢を誇り、騎士団や宮廷にも強い影響力を持っていた。
けれど――すぐに自分の立場が良くないことを悟る。
◆兄たちの栄光と冷遇
長兄は剣聖と称えられるほどの剣術の天才。
次兄は宮廷魔術師に師事し、火や氷を自在に操る。
三兄は治癒魔法の才を持ち、「聖者」と呼ばれ人々に慕われる。
四兄は幼くして領地経営に関わり、その才覚を周囲に認められていた。
どの兄も王国の将来を担う期待の星であり、家族から誇らしげに語られる存在だった。
一方、カイのスキルは――
「修理」
ただそれだけ。
剣を振るうわけでも、強力な魔法を放つわけでもない。
せいぜい壊れた椅子や折れた剣を直す程度。
「修理? くだらん」
「物乞いか大工にでもなるのか」
兄たちは鼻で笑い、両親も冷ややかな視線を送る。
食卓では兄たちの功績が誇らしげに語られるが、カイの席はいつも隅。
誰も彼に話しかけようとはしなかった。
侍女たちは陰で囁く。
「どうせ家を追い出されるわ」
「後継ぎにもなれない五男なんて無駄よ」
幼い心には、その言葉の一つひとつが鋭い刃となって突き刺さった。
◆小さな反発
「修理……そんなに駄目なのか?」
兄に笑われ、父母に無視され、それでも心の中で小さく呟く。
地味で、戦場では役に立たないかもしれない。
けれど――壊れたものを直す力だって、誰かの命を救うかもしれない。
(俺にしかできないことが、きっとあるはずだ……)
誰も見ていない寝室で、カイは涙を拭いながら小さく拳を握った。
それは幼い反発であり、微かな決意の芽生えだった。
◆
それからの日々、カイは屋敷の片隅で黙々と道具を修理して過ごした。
壊れた箒の柄、欠けた食器、兵士が壊した訓練用の木剣。
誰からも感謝されることはなかったが、それでも彼は続けた。
なぜなら――直せば「また使える」。
無駄にならず、誰かの手に戻る。
その小さな喜びが、彼を支えていたからだ。
そんなある日。
「カイ、お前は……クローディア家に不要だ」
父が吐き捨てるように言った。
次兄が宮廷に召し抱えられた祝宴の席で、わざわざ皆の前で。
「修理など家の誇りに泥を塗るだけだ。いずれ追放する」
凍りついたように静まり返る大広間。
兄たちは嘲笑し、侍女たちは冷笑を隠そうともしなかった。
カイは俯き、拳を強く握りしめる。
(……修理がくだらない? 本当にそうなのか⁉)
心の奥底で燃える小さな炎が、強く揺らめいた。
(だったら……証明してみせる。修理が俺の力で、俺の生きる道だって!)
まだ八歳の少年の胸に、確かな決意が芽生えていた。
その小さな決意が、この先彼を数奇な運命へと導いていくことを、誰もまだ知らなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
カイの物語はまだ始まったばかり。
第一話では、彼がどんな環境に生まれ、どう扱われてきたのか……その“痛み”の部分を描きました。
次回は、唯一の味方ともいえる鍛冶屋の親方との交流を中心に、カイが「修理」というスキルをどう育てていくのかに踏み込んでいきます。
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それでは、次話でまたお会いしましょう。




