遭遇2
「総員、安全装置解除・・・独自の判断で発砲許可・・・」
顔面蒼白になりながら田淵は消え入りそうな声で言った。
それは、現地の判断で発砲を許可した瞬間であった。
しかし、初めての事に周囲から次々に疑問の声が挙がる。
そして自身も混乱しているのに、周りから次々と疑問をぶつけられた田淵はついにキレた。
「う、う、うるせぇ!高橋!お前が指揮を取れ!お前とお前は付いてこい!直接聞きにいくぞ!」
八つ当たり気味に高橋に責任を押し付けると田淵は指定した二人を連れて道を足早に下っていった。
後に残された9人はそんな田淵の後ろ姿を眺めるしかなかった。
「・・・指揮権放棄かよ」
井上がぼそりと呟く。
だが、こうなっては高橋が仲間の安全の為に動かざるをえない。
「総員装備確認!」
高橋が厳しい口調で指示を飛ばす。
「井上!三名連れて道の右側に配置!佐藤!そっちも三名連れて左だ!」
集団が道なりに向かって来る事から簡易ではあるがクロスファイアポイント、つまりは火力が生かせる形を整える。
「残り二名は?掛井と橋本か・・・道の左右に伏せてろ。万が一の時は俺を援護してくれ」
高橋はこれで良いのか判断出来ないが、少しでも有利な形を作りたかった。
そのため、以前呼んだ教本通りの体勢を取らせようとした。
もっとも、この場合の正解は全員が左右に散って相手に姿を見せずに十字砲火に誘い込むのだが、相手が何者なのか分からないため高橋が正面にたち塞がる形を取った。
相手が人間なら話が通じるかも知れない。
甘い見通しだが、如何に優秀な人物でも実戦経験のない高橋に取ってこれが最良の判断と言える。
「気を付けろよ!」
「高橋さん気をつけて!」
上が井上、下は佐藤の声だ。
それを聞きながら装備を確認すると、自分の89式小銃の安全装置のセレクターを「レ」にする。
レとは連射の意味で89式はア(安全装置)、レ(連射)、3(三点制限点射)、タ(単射)の順番になっている。
しかし、高橋はちょっと思い直して「タ」(単射)にした。
高橋たちのいる丘の上は木などがあったが、集団が来る側は比較的開けた草むらだったからだ。
こう言う時は下手にフルオート射撃するより、距離がある内に単射で狙い撃ちにした方が弾の節約にもなる。
「くそ、震えるな・・・」
周りに聞こえない様に呟いて89式を伏せた状態で構える。
「頼むから・・・話が通じてくれ・・・」
神様を信じない高橋だったが、この時ばかりは神に祈る気持ちになった。
高橋たちの存在に未だに気付かずに難民となった村人たちは高橋たちのいる丘を目指し進み続ける。
その歩みは疲労から非常に重くなっている。
「さあ、もうちょっと頑張りましょう!」
ミューリが明るい表情で村人たちを鼓舞する。
あの丘を越えたら一安心、と言うわけでもないが、希望を持たせなければその場にへたりこんでしまうだろうからだ。
「さあ、森を抜けたよ!もう少し!」
ミューリの声に元気付けられた村人たちは無言でも互いに助け合いながら丘を目指した。
その時だった。
丘の上に突然、人が立ち上がり道を塞いだ。
「え?」
奇妙な出で立ちの人影にミューリは間の抜けた声を出してしまった。
しまった!と思ったがもう遅い。
その声に村人たちがミューリの視線の先、丘の上を見てしまった。
途端に絶望感が急速に広まる。
こうなってしまっては村人たちは逃げられないと思い立ち止まっていく。
「ちょ!みんな!?」
ミューリは戸惑い、焦ったが疲れきった村人たちは動けなくなっていた。
「ミューリ!どうした!?」
突然動きの止まった先頭集団にアインが駆け寄ってきた。
「アイン・・・あそこ・・・」
ミューリの指差す方向には妙な姿の人が立っていた。
「先回りされたのか?」
その人影にアインは呆然とするが、その人物は一人で自分たちに向かって歩いてきた。
最早動くに動けない集団と化した村人たちに向かって、その不気味な人物は近寄ってきた。




