希望を求めて3
高橋と井上は緩やかな坂道を登りながらも、道の状態をつぶさに観察していた。
「普段どころか、滅多に人は通らないみたいだな」
踏まれて露出した土がそれほど固くないことから井上はそう判断した。
その考えに同調しつつ、高橋は人がいる痕跡を探していた。
「しかし、普段使われないだけで他の国の領内の可能性があるからな。油断だけはするなよ」
慎重な姿勢を崩さない高橋に、やれやれ、と言った表情を見せる井上。
そんな二人はやがて、坂道の終わりにたどり着いた。
そこからの光景は絶景と言えた。
二人が今立っているのは左右に長く小高い丘のてっぺんだったのだ。
そして目前には手前に狭い平地、そして緑に包まれた広大な森があった。
「此方高橋、こちらがわは自然で一杯のようですよ」
後ろから無線を使う井上の声が聞こえた。
だが、その井上に高橋は駆け寄ると身を伏せさせた。
「井上、あれは何だと思う?」
緊張感を漂わせる高橋の様子に怪訝な表情で井上は高橋の指差す方向を見る。
相当先ではあるが黒い幾筋もの線が見える。
「煙?山火事か?」
暢気な井上に高橋は告げる。
「山火事ならもっと盛大に煙が出るだろう。あれは何かもっと別なのが燃えてるんだ」
高橋の言葉に井上が息を飲む。
それは、人口物が燃えた時に発生する黒煙だった。
辺りは炎に包まれていた。
まるで舐める様に村の家々を焼いていく炎から人々は必死に逃げ出していた。
その村人が逃げ出し、無人となりながら焼け落ちる村を武装した一団が眺めていた。
「アンストン卿、異教徒共は大半が村から逃げ出したようです」
豪華な甲冑に身を包んだ男が鷹揚に頷く。
村から上がる火の手が鎧に映りさながら炎を身にまとっているかのようだった。
男はジャン・ヴィ・アンストン。
ここより南にあるホードラー王国に仕える騎士だ。
「奴等は何処へ向かった?」
アンストンの問いに部下が北へ、と答える。
それを聞いてアンストンは口元を歪ませると率いてきた部隊を振り返る。
「諸君、聞いての通りだ。暫しの休憩の後、我らは追撃に入る」
アンストンの呼びかけに兵が歓声を挙げる。
それを満足そうに見るアンストンの目は重大な使命を遂行せんとする己に酔ったもの特有の物だった。
彼はホードラーのみならず周辺に布教されているファマティー教の熱心な信者でもあった。
故に今回の遠征を進言し、自らが積極的に取り仕切ってきた。
なによりもこの遠征によりホードラーの領域は広がり、そして新たに編入することになるであろうこのあたりの土地を自分が支配することになる。
地方領主として領土が広がるのは懐に入ってくる収入の増大に繋がる。
彼はそれによりファマティー教に更なる寄進を行い、正式な司祭の位を得たかったのだ。
「我らの領外とは言え異教徒共が近くにいるのは好ましくないからな」
そう独り言を呟きながらも自然と笑みが浮かんでくる。
しかし、このときの異教徒狩りがとんでもない事態へと発展することを彼は、いや、誰であっても予想だにできなかった。
「結構火の手がありそうだな」
高橋の報告を聞いた田淵は双眼鏡を覗きながら言った。
火そのものは見えないが、煙の量とその状態から油を多量に含んだ黒鉛であるのが分かる。
「単なる火事・・・ではありませんね」
田淵に高橋が継げる。
高橋からすれば可能性の一つをいっただけなのだが、田淵にはそれが不快だった。
田淵自身、高橋は優秀な自衛官だと分かっている。
しかし、上官よりも優秀な部下、と言う構図は田淵に取って面白いものではなかった。
その所為か田淵は事あるごとに高橋を雑用などに良く使った。
一種のウサ晴らしである。
もっとも、そんな姑息な性根はとっくに露呈しているのだが、田淵はそれに気付けるようなものではない。
結果、周りから見れば道化である。
それでも高橋は一応上官として田淵を立ててはいた。
「どちらにせよ後方からは現位置に待機ときている。何も出来んよ」
あっさりとしたもの言いに高橋は何もなければ良いが、とだけ思った。
そんな高橋たち12名の伏せている丘に向かって移動する一団があった。
アンストンに異教徒として村を焼かれ、そこから逃げ出した村人たちだった。
彼等はホードラー王国内で異教徒の烙印を押されて国を負われた者たちの末裔だった。
そして迫害を受けながらも森を切り開き、家を建て、畑を作り生活してきた。
しかし、そんな彼らをあざ笑うかの様にホードラー王国は何度も彼らを追い散らした。
村がようやく形になって、開拓が進みだすと同時に彼等ホードラー王国は兵を差し向け、その度に彼等は村を捨て落ち延びていく・・・。
そうやってホードラー王国は領域を広げ、迫害されてきた村人達は未開の地に移り住んで再び生活を取り戻そうとする。
ある種のいたちごっこだ。
ただし、今回ばかりは何時ものようには行かなかった。
アンストンは熱心なファマティー教徒だ。
ファマティー教は唯一神の宗教で異教徒はその命を持って罪を裁くとされる。
つまりは、皆殺しにされかねないのだ。
一部若者は反撃を主張したが、数に差がありすぎる。
とても勝ち目などない。
だから、彼等はより北へ、北へ、そしてより遠くへ、と逃げるしかないのだった。
第一話終了です。
タイトル変えようかな?
ちょっと話と合ってませんよね・・・。
それはともかく、ご意見ご感想心よりお待ち申し上げます。




