訪問者と日本人
翌朝、アーヴァインが意識を取り戻すと今まで使った事もない柔らかいベットの上だった。
かなり痛飲したのか頭が痛い。
エルフの里で飲まれる樹酒(エルフ独自の製法で樹液から作られた酒で悪酔いしたり後に残らない。代わりに量が作れない)と違う彼等の酒を口にしたのはいい。
口当たりもよく、豊潤で味わい深く、また飲みたいと思えたが、この後に残るのは頂けない。
だが、その価値はあるとも思う。
「万物に宿りし精霊よ・・・」
アーヴァインは精霊に呼び掛けると二日酔いを治す為に解毒の魔法を使った。
この世界の魔法使いの多くは解毒は解毒として使うが、地味にこう言った使い方も出来るのだ。
要は発想の転換だ。
「ふむ、これでよし」
アーヴァインはそう言うと部屋を出る。
ドアを開けると一人の兵士がアーヴァインに敬礼した。
「アーヴァイン殿、お目覚めですか、朝食は如何いたしますか?」
警護の兵なのだろうが、まるでそんな堅苦しさを感じさせない。
「ああ、しばらく辺りを歩きたいのだが?」
アーヴァインの申し出に兵士は、基地内であれば護衛は不要ですが、何かあれば付近の者に声をかけてください。
と言ってその場を後にした。
その様子にアーヴァインはかなりの自由が認められていることを知る。
だが、丁度いい機会でもある。
この機会にここの人々の生活を見てみたいと思った。
アーヴァインは舗装された道を歩いていた。
自然が少ないのは気になったが、それでも道に沿って木々が植えられている様子から、彼等は自然を愛しているのが分かる。
基地内にはヘリコプターや輸送機をはじめとした航空機や、乗った事のある高機動車、73式小型トラックや73式中型、73式大型トラックが整然と並んでいた。
「凄い物だな」
素直にそう思える。
これだけの充実した装備を持った日本はこの世界では極めて特異な国である。
だが、それだけに彼等日本と手を取り合えるならば、それは閉塞感に包まれているエルフの里には新しい風を入れてくれると思う。
実はエルフの集落では長い年月を森の中で生き、その外に向ける目を持たなかったが故に閉塞感が強い。
若いエルフ(アーヴァインも54と言う若い年齢だが)の中には外の世界に出たがる者も少なくない。
ただ、ファマティー教の影響を考えると外に出るのは問題がありすぎる。
そう言った意味では日本と言う新たな存在はエルフに取っても新しい時代を呼ぶ事になると思った。
「おや?お加減は如何ですか?」
アーヴァインは後ろから声が聞こえたので振り向くとそこに高橋がいた。
「高橋君、昨日聞いた君たちの技術は凄いな」
そう言って目の前の車両群を見る。
普段燃料不足の問題から動くのは一部だが、それでもそこにあるだけでもアーヴァインには壮観だと感じられる。
ちなみに深刻な燃料問題は最近見付かった油田の開発が進めば解決する上、代用燃料(石炭から作る代用石油と呼ばれる物)を自衛隊向けに精製しだした事により、近い内に解決する見通しだ。
もっとも、軽油代わりにしかならないのでやっぱり動かせるのは車両ぐらいなものだ。
「凄いかも知れませんが、昨日の通り欠点もありますよ」
高橋はそう言った。
だが、アーヴァインにはそれを補ってあまりあると思った。
これでエルフの集落と外の街(アルトリア限定)を繋ぐ事が出来れば、エルフの集落もより発展するかもしれない。
しかし、高橋はその考えにはやや否定的だった。
「発展は代わりに大森林に犠牲を強いる事になります。やるなら大森林の外に街を作るべきですよ」
高橋は知らない間に北野と同じ考えを言っていた。
その考えにアーヴァインは考え込む。
確かに大森林に危害を加えずに発展する事は出来るが、里が寂れる可能性がある。
それなら里もある程度発展するべきだろう。
もちろん、大森林に与える影響を考えなければならないだろう。
「それも一つの考え方だね。ところでこの国の政治等に触れる事は出来ないかい?」
本来の目的であり、学ぶべき事である日本の政治を知りたいと思って聞いてみた。
「日本本土は海の向こうなので簡単には行きませんが、政治に関する書籍をお見せする分には一切問題ありませんよ」
高橋の言葉にアーヴァインは海を越える事が如何に困難かを考えた。
実際は船や航空機の手配から向こうでのアーヴァインの扱い(護衛など)、更には現在議会がほぼ機能してないのを見せたくないのがある。
だが、アーヴァインはこの世界の海が如何に危険(技術的に)かを知っている。
だから、なるほどな、と感じていた。
「たしかに不躾だったね。でも書籍を見せて貰えるならありがたい」
そう言うとアーヴァインは高橋の案内で書籍のある書庫に向かった。
しかし、ここで問題が起きた。
「・・・・・・読めん」
アーヴァインが無念そうに言う。
アーヴァインは言葉が通じるから文字もある程度は読めると思っていた。
「・・・やっぱり・・・」
高橋はそう呟いた。
「ホードラーでも文字の解読をしてますが、通訳と言うか代筆で何とかやってますからね」
高橋の言葉にアーヴァインもがっくりしていた。
「これは・・・文字の解読からか・・・」
高橋は、そう言うアーヴァインに幾つか書籍を手渡した。
「解読するにも本が無いと厳しいですよ」
その高橋にアーヴァインは、こんな高級品を渡されても、と答えた。
この世界では紙は極めて貴重品だ。
エルフの集落でも紙はなく、本と言っても獣皮紙を使う。
なので本と言うのは極めて貴重で高級品なのだ。
高橋はそれに思い当たると、笑いながら本を渡した。
「俺らの国では本ははした金でも買えたりするので高級品ではありませんよ」
大丈夫と言われて、少し戸惑いながら本を受け取った。
一応、未知の言語を解読する魔法はあるがアーヴァインは使えない。
それにこの本を元に日本を学び、自分たちの糧と出来るならこの上ない話だ。
「ありがとう。大事にするよ」
そう言われて高橋は笑顔で頭を掻いた。
ちょっとだけ照れたのだ。
「我々がエルフの国を作る・・・か、考えもしなかったな」
国と言うのに偏見があったアーヴァインは素直な感想を言った。
この世界において国とはファマティー教の認可の下に存在を許される。
そしてファマティー教を信仰し、それ以外を打ち倒すために国があるような物だ。
だからエルフたちは自らを迫害するファマティー教を忌避し、そしてそれとは違う合議によりエルフ同士の結束を保った。
言わばこの世界では国にはならなくても国としての体裁は整っていたのだ。
それを日本は後押ししただけに過ぎない。
そして、エルフに取ってエルフの国は悲願でもある。
エルフの国が出来れば各地に点在するエルフたちを大森林に集め、平和に暮らして行けるようになる。
それはエルフの生きる場を作ると言うことにつながる。
これは今後を考えればかなり大きいだろう。
「国なんて無くても生きては行けますが、やっぱり心の拠り所は国にあるものです」
宗教に拠り所を求めたこの世界とは違う価値観を高橋は、日本はアーヴァインに提示している様に見えた。
「我々が国となっても、我等は友人で要られるかな?」
最大の問題である国益を考えればアーヴァインの言葉も仕方がない。
だが、高橋は自信を持って答えた。
「勿論です。我々が共にある事はこの世界で苦しむ多くの人やエルフ、またはそれ以外の亜人とされてる人たちにも救いの手を差し伸べれる事ですから」
青いが真っ直ぐな高橋の思いにアーヴァインは納得できた。
これなら、また人間を信用できる。
いや、あくまでも日本とそこに住む日本人ならば種族の垣根を越えた信用と信頼が生まれる、と・・・。
「そうだね。近い将来、そんな関係になれるね」
アーヴァインの言葉に高橋は力強く頷いた。
第20話はココまでです。
ちょっと青臭く、夢物語が過ぎるかと思いましたが、このまま日本を一人ぼっちにしたくなかったのでこうなってしまいましたw
まあ、良いかな?w
では、また次回でお会いしましょう。